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シクロよどこへ行く
ベトナムに初めて行ったのは1989年である。いまや雑貨で人気の地となってしまったが、当時はガイドブックもわずかに『地球の歩き方フロンティア』が出たばかりで、内容もあまり信頼に足るものではなかった。私達は、ホーチミンシティーのドックラップホテルに投宿していたが、夕食後最近オープンしたというフローティングホテルのディスコに行こうということになった。しかし行き方がわからない。ガイドブックにもまだ載っていない。ホテルのフロントあたりで訊けば良かったのだが,シクロを利用すれば良いだろうということになり,とりあえずシクロのたくさんいるレックスホテル前へと出向いた。今でこそぼったくりで悪名高いレックスホテル前のシクロだが,当時はそんなことは知らないから,いいように交渉を始めた。こちらは私を含め男性4名に女性のMさんを加えた5名だ。相手は約30台。負けるわけにはいかない。長い交渉の末2,000ドン(約20円)で話しがついた。基本的には1人1台だが,女性1人ではちょっと危険そうだ。ここは添乗員としてナイト役を引き受けなければなるまい。Mさんと2人でシクロに乗る。軽快に滑り出すはずであったが,少々重いらしくなかなかスピードが出ない。他の3台はすでに遠い。それもなぜか3台とも別の方向に走っている。なんかへんだがいまさら文句を言っても始まらない。こちらは息を切らしている運転手に労いを込めて「あるかどのくらい距離?」とインディアン英語で尋ねる。「それある30分」と運転手もすでにインディアンになりきっている。30分とは結構な距離ではないか。4台がばらばらなのは,きっといろんな道があったのかもしれない。それにしてもさっきから15分は乗っているが,暗い道ばかりである。やはり開発途上の国はこんなところからはいあがるのかもしれない。などとアジア経済の行く末をあれこれ思案していると突然タイヤがパンクしてしまったのだ。やはりMさんは軽くはなかったのだ。運転手に悪い事をした。目的地には着いていないが2,000ドン払ってやろう。私はなんて心が広いのだろうか。運転手の感謝を顔を思いながら汚い札を渡すと,あろうことか「約束は100ドル」だとぬかす。100ドルといえば約束の500倍である。「ふざけんじゃない!」と日本語で怒鳴った瞬間,私達を取り囲むおよそ10台のシクロに気がついた。私1人だったらおとなしく100ドル払ったことだろう。しかし今はMさんが隣りにいる。こんなことではナイト役にならないではないではないか。意を決して運転手に切り出した。「もう少しまけて欲しい」と。彼もなんだかんだいって結構いいやつだった。100ドルを15ドルにしてくれたのだ。気が変わらないうちにお金を渡して,とにかく明るい道に出ようということになった。幸い100mくらい先が大通りのようだ。大通りに出て驚いた。すぐ目の前がドックラップホテルだったのだ。この話しには続きがある。あとの3台が心配しているはずなのでとにかく急いでフローティングホテルに行かねばならない。ホテルで尋ねると1時間10ドルでホテルの車がチャーターできるらしい。最初からこれにすれば良かったのだが,とにかく3時間借りることにした。ホテルのボーイが運転手だ。「距離どのくらいあるか?」と尋ねると「2kmでございます。サー」とまともな英語で返事が。2kmといえば歩くには遠い距離だな,と考え ているうちに「到着しましたです。サー」とのこと。なんか2kmにしては早かったような気がする。とりあえずみんなと合流でき,他の3台もいろいろと事件があったりして,それでも無事であったことを喜びつつディスコの客となったのだ。ディスコは別にどうってことない普通のディスコで,1時間くらい遊んで,今度は全員でホテルの車に乗って帰った。やはり今度もあっという間にホテルに着いてしまった。翌日最上階のレストランで,ビュッフェスタイルのそこそこ美味しい朝食を摂っている私達にすばらしい景色が目に入った。すぐ眼下にフローティングホテルが見えたのだ。徒歩でも約5分くらいだろうか。

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