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パタヤ漂流記
 タイのパタヤビーチは、バンコックから近いこともあって、いつも観光客で
賑わっている。あまり、きれいな海ではないので、多くの人は10kmほど沖
にあるラン島に行って泳ぐ。
 ラン島へはモーターボートで渡るのだが、通常はラン島のビーチに直行せず、
まずは実弾射撃場に連れて行かれる。その後パラセイリングの場所を経由して
ビーチへ行くのだ。
 パタヤの近くにはゴルフ場もいくつかある。キャディは一人に一人つくし、
日本では貴重な平らなコースが多いので好評だ。
 3〜4日も滞在するなら、今日はビーチ、明日はゴルフ、夜はオカマショー
にマッサージ、まあいろいろお試しできるわけだが、1泊や2泊ではどれかに
しぼらなければならない。
 その時はT合金株式会社の社員旅行の添乗でパタヤにきていた。ゴルフをや
る人とそうでない人に別れることになった。
 ガイドは一人しかいないので、ガイドはラン島に行く人たちに、そして私は
ゴルフ組に同行することになった。ただ私はゴルフをしないので、手続き後は
単独ラン島に渡り合流することになった。
 ゴルフのチェックインはべつにどうってことなく済み、それでは頑張ってく
ださいねと声をかけてからパタヤに戻り、ラン島に渡るボートをさがした。
 モーターボートはたくさんあり、どの船頭も乗れ乗れというのだが、いざ値
段交渉をしてみると高い。二千バーツくらいのことを言う。日本円にして八千
円くらいだ。高いと思うのだが、誰に訊いても同じだ。二千バーツあればもっ
と楽しい事だって出来るのにもったいない。
 そんな時船頭が「あれで行ったらどうか?」といって指差したものがあった。
水上スクーターである。ちゃんと運転手をつけて千バーツだという。半額なら
これにするか。
 そんなわけで運転手、といっても小学校高学年くらいのガキだが、彼につか
まっていざ出発となった。
 モーターボートで行けばあまり気づかないのだが、穏やかそうなパタヤの海
も、沖に出ると結構波がある。ライフジャケットは一応装着したが、なぜが穴
だらけだ。もう三分の一くらい来ただろうか。万が一こんなところでエンスト
でもしたらちょっと泳いでは帰れない。
 1kmくらい先にアメリカの第七艦隊の戦艦が休養にきている。あそこまで
泳げるだろうか。考えるまでもない、50m以上泳いだことはないのだ。
 そんな不安が現実のこととなった。
 エンジンがスポスポと情けない音を出しはじめたかと思うと、しまいにはウ
ンともスンとも言わなくなってしまった。ガキは「マイペンライ」を連発して
いるが、何度トライしてもエンジンはかからない。だんだん青ざめてくるガキ。
すでに青ざめている私。
 潮の流れは速い。すでに戦艦が目の前だ。近くで見ると異様にでかい。不気
味でさえある。甲板から陽気に手を振る乗組員が見える。ヒトが遭難して困っ
ているのに何て能天気なやつらなのだ。
 かれこれ30分は格闘していただろうか、ガキがついにあきらめの表情を作
った。二人でバタ足をして帰るか、もしくは第七艦隊に救助を要請するか。
 そんな時天の助けか、ガキの友達のこれまたガキが運転するモーターボート
が、近くを通ったのだ。救援信号を送るガキ。それに気づくガキ。とにかく助
かった。
 モーターボートに水上スクーターの錨を引っ掛けて曳航してもらうことにし
た。乗り移るには波が高すぎたからだ。
 5分ほど引っ張ってもらったところで錨が外れた。そのはずみでモーターボ
ートの後ろの部分に大きな傷がついてしまったのだ。それを見たモーターボー
トのガキが怒って、われわれをおいて行ってしまった。
 もうすでに第七艦隊は遠くにあり、残された選択肢はバタ足だけだ。疲労感
が漂う。
 しかし幸運なことにそこは多くのモーターボートが行き来する航路上にあっ
たようで、われわれは手を振り続けたところ、偶然にもうちのガキの親父が運
転するモーターボートが通りかかり、私は拾ってもらうことが出来た。
 親父はその場に自分の息子を残し、ラン島へと向かった。あのガキ、果たし
て生きて帰れたのだろうか。きっとライオンのように厳しく躾ける方針の親だっ
たのだろう。
 その親父なのだが、運転しながら何かもじもじとしているのが気になったの
だが、とりあえず実弾射撃場の桟橋に着いた。「ボートに乗っていた客は30
分くらい帰ってこない。その間にビーチまで送ってやる。ただ、今オレはトイ
レに行きたいのでちょっとボートで待っていて欲しい」そんなことを身振り手
振りで伝える親父。「ああトイレくらい行っておいで」と寛大な私。親父は尻
のあたりを押さえながらガニマタで桟橋を走っていく。残された私は、桟橋に
ロープでつながれたボートの上でプカプカ揺れながら待っている。
 しかしこの親父、いつになっても戻ってこない。どうも腹具合が悪いらしい。
もうパタヤビーチを出てから2時間くらいたっている。お客様もガイドも心配
しているに違いない。
 そこへ、ボートの上にいる日本人を、不思議そうな目で眺める男が来た。水
上スクーターに乗っている。きわめて印象の悪い乗り物だが、この際贅沢を言
ってはいけない。おいでおいでをして値段交渉をする。
 相手は足元を見て千バーツだという。仕方ない、こちらはプカプカ状態なの
だ。
 今度は順調にラン島のビーチに着くことが出来た。お客様は、もう私が来な
いものだと思っていたようで、帰る準備を始めていた。
 私の顔を見て驚く。「どうしたのその赤い顔?」。2時間も漂流していれば陽
にも焼けるさ。
 それにしても結局は二千バーツも使ってしまったわけで、最初からモーター
ボートにしておけば良かったんだよね。

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