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添乗員さん時間ですよ
 添乗員として一年に20回くらい海外に行くが、国内旅行の添乗は1回か2
回しかない。
 旅行業であれば、国内も海外も同じだろうと思うかもしれないが、実際やる
ことはかなり違う。共通点はお客様のお世話くらいで、その他の手続きや作業
はまったく別物といっていい。
 私は海外旅行専門の会社にしかいたことがないので、国内旅行はあまり得意
ではない、というか国内旅行の事を知らない。
 しかしお客様は海外旅行ばかりしているわけではなく、1年おきに海外と国
内旅行を交代で実施しているなんて団体もある。そんな時、「うちは海外専門
で」なんて言おうもんなら、国内旅行を請け負った会社に、海外旅行の仕事ま
で持っていかれてしまう。
 それを防ぐには国内旅行もやらねばならない。いや、やらせていただかなけ
ればならない。
 そんなわけで1年に1〜2回は国内添乗となるわけだ。
 群馬のT弁護士事務所は、2年に1回の国内旅行も私の会社を利用し、なお
かつ添乗員として私を指名してくれる、大変勇気ある事務所だ。国内旅行では、
期待通り私は何の役にも立たないのだが、その辺のところを承知の上で連れて
行ってくれるのだ。ありがたい。
 しかし最近判ったのだが、T先生以下、事務所のスタッフの皆さんは、私が
海外のときでも役に立っているとの認識はなく、まあ付き合いも長いことだし、
仕方なく使っていただいているようなのだ。
 その年も国内旅行の年で、先生以下20数名のスタッフは、飛騨高山と下呂
温泉の旅へと向かっていた。群馬から新潟に向かい、日本海を西に行くコース
である。添乗員はもちろん私。
 飛騨高山で昼食を摂り、古い街並みで自由散策となった。伝統ある家屋を改
装した喫茶店でコーヒーを飲んでいると、M女史が元気に入ってきた。
 「たかはしさん、ここの名物の○○饅頭(名前を忘れた)は、下呂温泉でも
売っていますか?」。私は知らなかった。饅頭を売っているかどうか知らなか
ったのではない。饅頭の名前を知らなかったのだ。
 「それ何?」と訊きかえす私。3秒ほどの沈黙があり、「こりゃだめだ」と、
いかりや長介のような捨て台詞を吐いて、コーヒーも飲まずに去っていくM女
史。饅頭は相当有名なもののようだった。
 さて下呂のB旅館で宴会や二次会も無事終わり、露天風呂にも入り、いよい
よ就寝である。
 閑話休題。
 ここのB旅館、女性用の露天風呂が近くを通る列車から見えるので有名であ
る。この時もぜひ列車に乗りたかったのであるが、時刻表を調べたら、2時間
に1本くらいしかないのであきらめた。
 さて就寝であるが、普通添乗員は、屋根裏というか、お客を泊めることの出
来ないぼろい部屋を用意されるのだが、この日は違った。なぜならT先生と一
緒の部屋だったからである。私と彼は歳も近く、業者とお客様というよりかは、
ほとんど友達状態なのだ。
 迷惑なのは事務所のスタッフである。先のM女史のようにはっきりしたとい
うか、図々しいというか、とにかく気にしない人もいるにはいるが、ほとんど
のスタッフは、添乗員である私に気を遣っているのだ。
 それならそれで私にも考えがある。こちとら腐っても鯛、プロ添なのだ。こ
れからもどんどん気を遣ってもらうことにした。
 T先生とは夜中の3時くらいまでダベっていた。そろそろ寝るかということ
になり、モーニングコールをセットしようと受話器をとる私。朝はめっぽう弱
いのだ。
 T先生は朝に強いらしく、「必ず6時半には目が覚めるから大丈夫だよ」と
いう頼もしい言葉に甘えて、その晩はぐっすりと眠った。
 電話のベルで目覚める私。こんな夜中に誰かと思いながら不機嫌そうに電話
に出る。相手はおばさんである。
 「添乗員さん、朝食の時間です。皆さんお集まりですが」。「?」。一瞬事態
が飲み込めなかったが、時計を見るとすでに8時。T先生はきょとんとした顔
をして布団の上に座っている。
 それから毎年この事務所の皆さんとはご一緒させていただいており、T先生
と同じ部屋に泊めていただいているが、モーニングコールだけは忘れずにかけ
ている。 

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