one | list | cloud
牡蠣は生に限る
牡蠣は冬に食べるものといったイメージ強い。若狭湾の牡蠣は夏がうまいとかの例外はあるにせよ、燦燦と輝く太陽の下、吹き出る汗をぬぐいながら摂取といったイメージではない。ましてや灼熱のタイで牡蠣、それも生でとは。
 タイ料理に牡蠣のオムレツがあるのは知っていた。ちょっと小ぶりのぷりぷりとした牡蠣がなかなかおいしく、味の濃いタイ料理にあって、誰でも食べることのできそうなさっぱりとした出来になっている。台湾でもよく屋台などで見かけるので、おなじみの一品といえるだろう。
 問題は生の牡蠣である。
 あれはもう10年以上前のことになるが、ある大手水産会社のツアーの添乗をしたときだ。日本全国の卸業者、つまりは大口のお客様にタイで製品が作られる現場を研修していただこうという趣旨のツアーだった。海老の養殖池や海老フライの工場見学などが盛り込まれていた。
 現地の業者も熱烈歓迎モードで、工場見学の後に昼ごはんのご接待が設営されていた。といっても工場はバンコックのはるか郊外で、一流のレストランはなく、とりあえず冷房はつけてみました、みたいな場所だった。
 さすがに水産関係の業者がプロをもてなす食事とあって、出てくる料理のいずれもが、手が込んでいて、おいしいものばかりだった。近くの港から水揚げされた新鮮なものばかりということだった。
 何品目かで、ホワイトタイガーの刺身が出てきた。ブラックタイガーは有名だが、それとは別の種類の淡水海老らしい。なんでも繁殖率が低いらしく、かなり高価なもので、一般の市場にはあまり出ていないとのこと。
 しかし直前までどろどろの養殖池を見学してきたばっかりで、こんなもの食べて大丈夫だろうかと思う。でもプロがプロのために用意したものだからと考えて、思い切って食べてみるとこれがうまい。やはり食わず嫌いは良くない。
 さてホワイトタイガーの次にウェィトレスが運んできたのが、砕いた氷の大きな山であった。直径80cmくらいありそうな大きなお盆に、高さ40cmくらいの富士山型に氷が盛ってあるのだ。その氷の斜面一面に、生の牡蠣が貼り付けてあるのだ。
 生の牡蠣は嫌いではない。嫌いではないが2回あたったことがある。宝くじ
なら大いに当たりたいが、貝にあたるのはもう金輪際ごめんというくらい苦しかった。そんな記憶が脳裏をかすめる。レストランの窓を眺めると、外の景色が熱気でゆらゆらゆれている。そうだ今は5月、タイでは最も暑い季節で、外の気温は優に40度を超えているのだ。
 ヒトの心配を知ってかどうか、タイ人の担当者が、「これは採れたてで新鮮である」ことと「唐辛子とにんにくのあげたもの、そして得体の知れない葉っぱを一緒に食べると毒消しになる」などと説明している。そうかそうかと納得するわけにはいかない。なんだかんだ言ったって毒消しが必要なんじゃないか。
つまり牡蠣は毒だってことだろう。
 しかし同じ円卓に座っている団長が「これがうまいんだよね」とか何とか言ってバクバク食べている。同じテーブルの諸氏も特に気にしている様子はない。
お腹は大丈夫なのだろうか。帰り道は2時間かかるけど途中にトイレはないぞ。
男ばっかりだから野グソか。いずれにしてもウチが用意した食事で食中毒にでもなられたら責任問題になるが、お客さんがセッティングしたのだからまあそれはいいか。いやいや良くない。集団野グソだけは避けたい。
 食わず嫌いはいけない。さっきホワイトタイガーで学習したばかりではないか。しかし出来れば食べたくなかった。団長が何の疑いもない笑顔で「たかはし君、遠慮しないで食べなさい、おいしいよ」などとおっしゃるにいたり覚悟を決めた。こうなったらポジティブに物事を考えるしかない。プロが勧めてくれたのだから大丈夫と思うことにした。
 ひとつ食べてみる。もちろん毒消しの類は牡蠣の倍くらい添えて。葉っぱの臭みばかりが際立ちおいしくない。もうひとつ食べてみる。やはり命を懸けてまで食べたいとは思わない。
 添乗員の不安をよそにわがテーブルの牡蠣はきれいになくなった。見事な食欲である。お腹の辺りをさすりながらホテルへ向かう。幸いトイレのリクエストもなく、バスは渋滞に巻き込まれ3時間かかってホテルに着いた。
 ホテルのラウンジで何人かのお客様とコーヒーを飲みながら雑談をする。
「いくら新鮮とはいえ、こんな暑い国で生牡蠣なんて、よく皆さん食べられますね」と私。「え? 私ら隣のテーブルのたかはしさんが食べるのを見て、添乗員さんが食べるのならOKだろうといことで箸をつけたんですよ」とお客様。
 それ以来タイでは生牡蠣を食べてない。

<<ナイトクラブは300円 | ヘヤー解禁 >>