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恐怖の撮影男
知り合いにプロのカメラマンがいる。彼とはベトナム、タイ、ハワイへ一緒
に行ったことがある。撮影の仕事ではないのだが、いつもカメラは手放さない。
一眼レフカメラと交換レンズ数本の他に、サブ機として高級コンパクトカメラ
を持っている。
 フィルムも尋常ではない数だ。50本、もしかしたら100本。24枚撮り
で50本持参したとしても1,200枚分になる。したがっていつも撮影して
いる感じになってしまう。
 サムイ島のディスコへ行った時も、コンパクトカメラを右手に持ち、ファイ
ンダーを覗くこともなく、踊りながらバシバシ撮っている。あんなにいい加減
に撮っていてうまく仕上がるのかと不思議に思ったものだが、出来上がった膨
大な数の写真を見せていただいてびっくりした。ろくな写真がないのだ。
 そのとき初めて気がついたのだが、もちろんプロなのだから我々よりはるか
に腕が良いはずだが、それ以上に撮る枚数が違うのだ。たくさん撮った写真の
中には結構良いものが混じっているというわけだ。
 まあこれはいくらか前の話で、今の世の中はデジカメ全盛だから、失敗した
ものはどんどん削除できるようになったが、かといって撮影する労力や時間は
フィルムカメラと変わるわけではない。それに画像の芸術性を追求するとなる
と、やはりプロは今でもフィルムカメラを多く使っているようだ。
 さてここから登場するのが今回の主人公、東京在住のJ氏である。
 彼は事務機関係のサービス部門にいるサラリーマンである。40台半ばで独
身ということもあり、趣味はパソコンにデジカメ、ケータイに海外旅行、傍目
には優雅なシングルライフと言えなくもない。
 J氏とは何度海外に行ったことだろうか。もともとパソコン以前の彼はとん
でもない記録魔で、例えばタイの田舎で列車に乗るために駅に行ったとき、駅
名表示の看板をカメラにおさめたのは良いのだが、表側だけでは飽き足らず、
裏側も撮影して他の参加者からとても感心されたりした。
 それでもフィルムカメラ時代の彼は、普通の人よりちょっと多めに撮ってい
るかな?位だったのだが、いよいよデジカメ時代の到来を迎え、彼の天下が訪
れた。枚数を気にしなくて済むようになったのだ。
 2003年6月、極東ロシアのウラジオストックを旅行したときも、彼の才
能が余すところなく発揮されたといって良いだろう。なんと3泊4日の旅で動
画も含め600枚撮ったのだ。
 3泊といっても初日は夜着で、最終日は午前発なので、実質中2日である。
想像してみてほしい、2日で600枚というのは、印象としてはいつも写真を
撮っている感じになる。
 では何を撮っているのか?
 まずは航空券である。航空券、パスポート、荷物札、そんなこんなを丁寧に
撮る。ガイドの名刺の表裏、機内食に始まって旅行中食べたすべての食事と飲
み物、お土産の数々、リコーのウラジオストック代理店の看板、列車の灰皿、
列車に乗り合わせたロシア娘のおへそ、レストランのウエイトレス、飲んだビ
ールの王冠、タクシーのメーター、ホテルの部屋のトイレ、シャンプー、クロ
ゼットの中、フロントで手続きをする私の後姿、撮影禁止のウラジオストック
空港...。
 まあ気がついたありとあらゆるものを撮るのである。
 最初のうちは面白がって、「これを撮ったらどうか」などとアドバイスをして
いた他のお客様も、だんだんと無口になっていった。こいつへたをするとスパ
イと間違われるのではないか。そんな不安がよぎり始めたのである。
 ウラジオストックは新潟から1時間半で着く結構身近な海外だ。たまたま北
朝鮮の船が新潟港に寄港しなくなったりという話題の時で、新潟空港は北朝鮮
へ行く人で賑わっていた。ウラジオストックで乗り換えると、その日のうちに
ピョンヤンに着けるという便があるのだ。
 街並みはヨーロッパの田舎そのもので、歩いている人たちも白人がほとんど。
ソ連崩壊後は食料品も結構豊富で、行動も自由に出来る。昔のガイドブックに
書いてあるような、レストランに行っても、膨大なメニューの中で出来る料理
は2種類のみ、みたいなこともなかった。日本から一番近い西洋と言っていい
だろう。われわれの業界で、最もこれから楽しみなディステネーションと目さ
れているのもうなずける。
 しかしそんな開放的になってきたロシアでも、入国手続きはいまだにソ連時
代を引きずっているような印象だった。まず日本でビザを取るのにも数々の書
類が必要で、時間がかかり、また費用もかかった。入国書類は一字も訂正して
はいけないと言われ、結構緊張しながら記入したのだが、飛行機で隣り合わせ
たネエちゃんは、「あらワタシまた間違えちゃった〜」などと言いながらバン
バン訂正していたが、無事入国していた。まあ昔より寛大になったということ
だろうけど、その入国審査が2度もあるのだ。イミグレーションとパスポート
コントロールに分かれている。普通は一緒じゃないのか?
 そんな空港でも彼は撮影を試みるのであった。もちろんファインダーを覗い
たら、捕まってしまうだろう。手のひらに載せて、低い位置でそっと撮影する
のだ。これは田代某が階段で女性を狙ったあの方法である。
 彼のおかげで退屈しない旅行が楽しめたが、実はそのとき私を含め全員ウラ
ジオストックが初めてだった。帰国後参加した方々と思い出話をするわけだが、
どうもみんな今ひとつ街の印象が薄いようなのだ。どうも景色を見ないで、J
氏ばかり見ていたようだ。


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