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汗だくサイクリング
グアムやサイパンといった日本から近いリゾートには、あまり添乗の仕事がない。少なくとも私にはめったに依頼がない。理由はいくつか考えられるが、自由行動が多い、日本語が通じる、大きな団体で行くことが少ない、添乗員があてにならい、まあこんなところだろうか。
 そんなグアムに久しぶりに行ってきた。江戸川の鉄工所の社員旅行だ。男性ばかりなので、一見マニラ行きの団体のような風情ではあったが、結構皆さん海外旅行慣れしてて、リゾートを満喫していた。
 あまり観光をする土地柄ではないので、滞在中のほとんどの時間は自由行動になる。お客様の自由行動は、添乗員にとっても自由行動になる場合が多い。ただしここでプールサイドで寝そべって過ごしてる奴は、優秀な添乗員にはなれない。いつもの私はそうだった。でも今回は違う。
 実は私には重大な任務があったのだ。お客様から打診のあった、ある施設を下見に行かなければならなかったのだ。その施設がどういった内容のものであるか、ここで明かすわけにはいかない。ただそこに行ったことを、あまりヒトには話したくない、という程度の施設である。
 そこはホテルが並ぶタモンビーチのエリアではなく、丘を一つ超えた、何もないような一帯にある。宿泊しているアウトリガーホテルからは5kmほどありそうだ。
 そこで問題になってくるのが交通機関だ。歩いて行くのは無理そうだし、タクシーで行くのは恥ずかしい(そういう施設なのだ)。バスがあるとも思えないし、さてどうしたものかと考えながら歩いていると、「モーター付自転車」ののぼりが立っているではないか。この暑さで自転車をこぐのは悪い冗談になるが、モーター付なら楽そうだ。
 早速その自転車屋に入ってみると、東洋系の美人のおネエさんがいろいろ説明をしてくれる。アメリカ本土から来たのか、完璧なきれいな英語で、従ってよく判らない。バッテリーの残量を確認して、約3時間は大丈夫であること、こがなくてもモーターだけでも走れること、などを教えてくれる。
 3時間ほど借りることにして軽快に店を出た。スピードはせいぜい15kmくらいだが、ゆるい坂道もらくらく登っていく。なかなか快適である。丘の上のヒルトンホテルで休憩がてら、海を眺めながらアイスティーを飲む。任務を忘れそうである。
 ヒルトンホテルから先は長い下り坂だ。南国の風は気持ちいい。車の数も少なく、人通りもほとんどない。時々小さなスーパーや、車のディーラー、倉庫などがある程度だ。暇そうな若者が数人しゃがんでいる。自慢げに鼻歌なんぞを歌いながら通過するが、誰も興味を示さない。哀れな奴らだ。
 なんの苦労も無く目的地に到着。店の雰囲気を視察し、細かな条件を聞き出し、あとで多数のお客様を連れてくるかもしれない旨を伝え、それでは私も少々くつろいでいくかと値切り交渉をしたら、今はいっぱいとのこと。
 仕方なくホテルに戻ることにする。レンタル時間はあと2時間あるし、夕食の集合時間にも3時間ある。行きとは別の道を通って帰るか、などと思案しながらモーター付自転車のキーをオンにする。
 いままではキーをまわすとランプが点いたのに、今回は何の変化もみられない。繰り返し何回かやってみたが、状況は変わらない。バッテリーが切れたのだ。あのネーちゃんは3時間持つといったのに、わずか1時間でなくなってしまったのだ。ペテンにあった。あんな女を美人と思った自分が恥ずかしい。
 仕方ない、こいで帰ろう。モーターは動かなくても自転車は自転車だ。こげば前へ進むはずだ。颯爽と下ってきた道を、今度はえっちらおっちらこいで行かなければならない。ギアーチェンジみたいな装備はないので、結構ペダルが重い。モーター付自転車のモーターなしは、普通の自転車より重いのだ。
 道半ばでこぐのを断念して、押して歩く。こんなに暑い中で自転車を押している自分が情けない。先程の暇そうな若者の前を通る。さっきは何の興味も示さなかった彼らが、今度はこちらを指差し笑ってる。くやしい。
 自転車屋に着いたら文句を言ってやらねばならない。バッテリーが1時間しか持たなかったこと、グアムの道は坂が多いこと、気温が35度はあること、そして任務が完全に遂行されなかったこと。自転車を押しながら英作文をする。いつも持ち歩いてるコンサイスを持ってこなかったことを後悔する。
 苦節90分、やっとのことで自転車屋に帰ってきた。ネーちゃんはいなかった。それどころか店自体閉まってる。張り紙がしてあり、裏のホテルのフロントにキーを返してくれと書いてある。指示通りキーを返したが、どうもむしゃくしゃする。張り紙に書いてあった電話番号にかけると、どうも本人がらしい女性の声が聞こえたので、英作文の成果を披露する。返ってきた答えは「こぎながらで3時間持つって言ったでしょう」だって。
 この夜の焼肉は抜群にうまかった。

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