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ハエもくたばる灼熱地獄
インドのデリー近辺では、一年のなかで5月がもっとも暑い。ガイドブック
には平均最高気温が41度とある。これはあくまで平均だし、観測地点は日陰
の風通しの良いところなので、実際には50度を超えている日も多々あるはず
だ。
 そんな5月によせばイイのに、私たちはインドにいた。そしてもっとも有名
な観光地のひとつ、タージマハールからデリーへと車を走らせていたのだ。顔
ぶれはTさん、Mさん、ガイド、ドライバー、それに私の5人である。
 道はあまり良くないが、まだ新車でクーラーもビンビン効いていて、まあま
あ快適なドライブを楽しんでいた。助手席のガイドもラジオの踊るマハラジャ
風の音楽を聴きながら、ご機嫌であった。
 タージマハールのあるアグラからデリーは、およそ4時間くらいの行程だが、
およそ半分ほど移動したあたりで、ドライバーの顔が曇り始めた。クーラーの
調子が悪いようなのだ。
 最初こそ生暖かい風が出ていたものの、そのうちまったく作動しなくなって
しまった。すぐにでも車を停めて修理願いたいところだが、日向はまずい。ド
ライバーも心得ていて、5分ほど走らせて、ちょっとした木の茂っている原っ
ぱの脇に車を停めた。
そして助手席前のダッシュボードのあたりを開け、とりあえず修理に取りか
かった。見かけこそ新車だったが、配線は蜘蛛の巣の張ったこんがらがった状
態で、一本一本引き出している姿は、前途の多難さをうかがわせた。
私たちは窓を開け、後部座席でだらけていたのだが、気がつくと車内にハエ
が何匹か飛んでいた。インドでハエなんて珍しくもないのだが、見かけによら
ず神経の細かいTさんは、一匹一匹窓から追い出しにかかった。しかし出て行
くハエを上回るハエが車内に侵入し始めたのだ。あっという間に車内はハエだ
らけになってしまい、さすがのTさんもあきらめざるを得なくなった。
しかしなんでこんなにハエがいるのだろうか。
答えは、快適な日陰を作ってくれているはずの、この小さな林にあった。
インドの田舎にはトイレのない家が多い。ではどこで用を足すのかというと、
近所の草むらなのだ。朝早くに列車に乗っていると、線路に向かって神妙な顔
つきでしゃがんでいる人を見かけるが、これは力んでいる最中なのだ。もうお
分かりだと思うが、目の前に広がる一見オアシスのような空間は、実は巨大な
トイレだったということだ。
さてハエであるが、しばらく無視していたら、というか何もする気力も体力
もなかったのだが、どうも表へ出て行ってしまったらしい。車内は静寂に包ま
れている。小一時間ほどしてクーラーも直った。さあ気を取り直して出発だ。
車が走り出して15分もたっただろうか。冷気も行き渡ったころ、足元から
一個大隊のハエが湧きあがってきたのだ。さすがのインドのハエも、暑さでへ
たばって、シートの下あたりでじっとしていたらしい。再び騒然となる車内。
TさんもMさんも、必死に窓から追い出している。車内の温度は上がる。ガイ
ドは苦笑い。
そうだガイドよ。キミが踊るマハラジャでダッシュボードを蹴飛ばしていた
から配線が切れたのだぞ。笑っていないで手伝いたまえ。
帰国してから新聞にこんな見出しがあった。「デリー郊外で、熱暑で200
名死亡」。旅も命がけである。

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