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世界1豪華列車乗車記
  世界一の豪華列車といえば何を思い出すだろうか。
 一番知られているのがオリエント急行ではないだろうか。
 本来はその名の示すとおり、ロンドンから東洋の玄関イスタンブールまでの
列車であったのだが、今はその名を借りてマレー半島やオーストラリア、アメ
リカにまで進出している。何が「オリエント」だかさっぱり解からない。
 その他にはどうだろうか。
インドにはマハラジャが利用していた車両を使った観光列車が走っている。
中国にはシルクロード特快なる列車もあるらしい。
日本だってカシオペアとかがある。
今回乗ってきたのは、おそらくそのどれよりも豪華な列車である。
南アフリカ共和国の首都プレトリアからケープタウンまで走る「ブルートレ
イン」がそれである。約27時間の旅である。
ブルートレインは日本の寝台車の通称であったが、それは日本がまねをした
のである。
南アのブルートレインはかつて白人専用で、唯一日本人だけが有色人種のな
かで乗ることが許されたという、まことにもって不愉快な乗り物であったのだ
が、今はもちろんお金さえ出せば誰でもOKだ。
どのくらい贅沢かというと、私たちの予約した一番下のクラスの部屋でさえ、
一車両に4部屋しかない。その各車両ごとに専用の係員がいる。
部屋の中はバスまたはシャワーとトイレがついている。列車でバスタブとは
すごい。ベッドはツインまたはダブル。ダブルベッドの部屋で彼女と過ごした
日には、一晩中列車が揺れ続けてしまいそうだ。
共用のスペースとしては、クラブカー、ラウンジカー、展望車、そして食堂
車がある。いつ何を飲んでも無料である。ルームサービスもしてくれる。
食事は昼食、午後のハイティー、夕食、朝食と4回いただくことになるのだ
が、昼食と夕食はフルコースである。フランス料理なのだが、ちょっとアフリ
カっぽいのも用意されていたりする。
わが同行者のおばさま方も大満足である。夕食には胸がばっくり開いたやつ
を着てきてほしいをとお願いしてあったのだが、まあ胸ばっくりはなかったが、
それなりに皆様ドレスアップを楽しまれていた。もっとも本当に胸ばっくりで
来られても困ったのだが。
東京のMさんはちょっと大きめのおばさまなのだが、彼女は昼食時にメイン
のチョイスを二つとも平らげてボーイ連中を大いに沸かせた。その2時間後に
はハイティーのサンドイッチにも挑戦していたので本当に頼もしい。
スタッフは皆フレンドリーで好感が持てる。教育も行き届いており、チップ
をねだるような行為は一切なかった。こちらが気が付かなかっただけかもしれ
ないが。
列車のロゴのはいった時計やチョコレートを土産にくれるのもうれしい。
ところでこの超豪華列車でちょっとした事件がおきた。断水である。
水が切れたのではなく、車両の下にある送水のバルブが何らかの理由でしま
ったらしい。外側からしか直せないのだから、走っているうちは水が出ないと
いうことだ。
朝の6時頃にMさんからの電話で事の次第を知ったのだが、どうも夜中から
水が出ていなかったらしい。
水が出ないというのは結構大変なことで、シャワーが浴びられないくらいは
どってことないのだが、トイレが流れないのが困る。
トイレが使えないと思うと無性に大便がしたくなる。こう見えて神経が細い
のだ。豪華列車には公衆便所はないので余計困る。
断水は7時頃に臨時停車をして直ったのだが、天下のブルートレインのトイ
レが流れないという、まことに貴重な体験をしたのであった。

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ぼったくりならまかせとけ
 旅先でちょっとしたトラブルはつきものである。殺人や飛行機事故などは、
そうそう頻繁に遭遇するものではないし、あっては困る。
しかし、すりや置き引き、ぼったくりなどは、場所によっては結構日常茶飯
的に起こる。
ぼったくりが犯罪の範疇なのかどうかはわからないが、後味が悪いのは言う
までもない。
意外なことに、韓国でぼられた経験をもつ人が多い。
例えばタクシー、屋台、なんと靴磨き。
タクシーは、かつて景気が良かった頃、相乗りが当たり前だった。同じ方向
に向かう客をどんどん乗せてしまうのだ。
近寄ってきたタクシーに大声で行き先を告げる。こんな芸当は旅行者には無
理だ。目的地の発音の練習をしているうちに、タクシーは去ってしまう。
そんな時代に、ホテルにたむろしているタクシーは、相乗り不能な外人相手
に、メーターを使わず、つまりは相場よりかなり高い金額を要求して営業して
いたのだ。
タクシー代が極端に安く、運転手の収入が低いのも一因だったようだ。
政府も度重なる苦情に重い腰を上げ、「模範タクシー」という新しいタクシ
ーを作ってしまった。
これは自動車自体も高級だが、運転手の質にもこだわり、メーター通りの金
額しか受けとらないようにした。相乗りもだめ。これって当たり前のことなの
だが。
普通だったら悪徳運転手の教育をするべきなのだろうが、結果として模範タ
クシーは一般のタクシーの2倍〜3倍くらいの料金で登場し、観光客の評判も
上上だった。
今では景気が悪くて、一般のタクシーでも簡単に拾えるようになり、なぜ2
種類のタクシーが存在しているのか、首をかしげる人も多い。
屋台だが、これは曲者だ。
屋台にはメニューがない。あとで高い高いとわめいてみても、「ウチは高い
のよボク」といわれたら返す言葉がない。
ホテル近くの屋台は要注意で、結構韓国人ビジネスマンも被害に遭ったりし
ている。
対策としては、注文をする度に値段の確認をすること。そして得体の知れな
い、もしかしたら本当に高いのかもしれないものは食べないことだ。
ソーメン一杯食うのにいちいち値段を訊くしみったれた日本人は、ちょっと
軽蔑というか、苦笑いされる対象となるが、ぼられるよりかはいいでしょう?
さて問題の(どこが?)靴磨きである。
群馬県のEさんは渡韓歴30回の、言ってみれば韓国通である。
今回は地元の人たち10名で、29,800円のツアーでソウルにやってき
た。
2泊3日の中日はフリータイムである。男性1名と女性2名を連れて、明洞
(ミョンドン)という繁華街に買い物に出た。
ロッテデパートや免税店も近くにあるが、ソウルっこの集まる商店街が、活
気もあって面白い。韓国がはじめての3人はEさんの後について、ちょっと興
奮気味にハングルの看板を眺めながら歩いていた。
そんな街角に小屋があり、中で2人の男が靴磨きをしていた。
たまたま全員革靴を履いていたので、Eさんの提案で靴を磨いてもらうこと
になった。日本で靴磨きのお世話になったことがないのに、やはりこれは海外
旅行特有の開放感のなせる業ということだろうか。
韓国の靴磨きは、靴を脱いで磨いてもらう。店のサンダルを借りて、丸椅子
に座って待つこと20分。購入したとき以上にピカピカに仕上がった。
「オーワンダフル、ところでおいくら?」「4足で20万ウォン」「?」外国
の通貨は計算しづらいものだが、韓国のように大きい単位の通貨は尚更だ。
それにしても「1万ウォンが約千円だから...20万ウォンは...日本円で
2万円!?」というわけで1足5,000円もすることが判明。
金を払わずに逃げるという選択肢があったが、なにせ自分の靴は相手の手中。
今履いているサンダルはどう見ても200円だ。
それにしてもわれらは29,800円でソウルに来たのだ。ここはひとつ戦
わねばなるまい。同行の美女2人も自分の一挙手一投足に熱い視線を送ってい
る。そうだオレにはラグビーで鍛えた体があるではないか。声もでかいし、顔
もでかいぞ。
韓国人だって負けてはいない。
韓国人の喧嘩を見たことのある人ならお判りと思うが、彼らはものすごく大
きな声で言い争う。ただめったに暴力沙汰にはならない。
ぼったくりマンといえども言うべきことは言う。かれこれ30分も言い争っ
ただろうか、12万ウォンで決着がついた。
これだって高いのだが、さすがの体力自慢のEさんも、もう精根尽き果てた
ようだ。
料金を払い、気を取り直してウィンドショッピングを続ける一行。
なにげなく覗いた靴屋に貼ってあったセールの案内。紳士革靴が2足で59,
000ウォンだった。

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添乗員さん時間ですよ
 添乗員として一年に20回くらい海外に行くが、国内旅行の添乗は1回か2
回しかない。
 旅行業であれば、国内も海外も同じだろうと思うかもしれないが、実際やる
ことはかなり違う。共通点はお客様のお世話くらいで、その他の手続きや作業
はまったく別物といっていい。
 私は海外旅行専門の会社にしかいたことがないので、国内旅行はあまり得意
ではない、というか国内旅行の事を知らない。
 しかしお客様は海外旅行ばかりしているわけではなく、1年おきに海外と国
内旅行を交代で実施しているなんて団体もある。そんな時、「うちは海外専門
で」なんて言おうもんなら、国内旅行を請け負った会社に、海外旅行の仕事ま
で持っていかれてしまう。
 それを防ぐには国内旅行もやらねばならない。いや、やらせていただかなけ
ればならない。
 そんなわけで1年に1〜2回は国内添乗となるわけだ。
 群馬のT弁護士事務所は、2年に1回の国内旅行も私の会社を利用し、なお
かつ添乗員として私を指名してくれる、大変勇気ある事務所だ。国内旅行では、
期待通り私は何の役にも立たないのだが、その辺のところを承知の上で連れて
行ってくれるのだ。ありがたい。
 しかし最近判ったのだが、T先生以下、事務所のスタッフの皆さんは、私が
海外のときでも役に立っているとの認識はなく、まあ付き合いも長いことだし、
仕方なく使っていただいているようなのだ。
 その年も国内旅行の年で、先生以下20数名のスタッフは、飛騨高山と下呂
温泉の旅へと向かっていた。群馬から新潟に向かい、日本海を西に行くコース
である。添乗員はもちろん私。
 飛騨高山で昼食を摂り、古い街並みで自由散策となった。伝統ある家屋を改
装した喫茶店でコーヒーを飲んでいると、M女史が元気に入ってきた。
 「たかはしさん、ここの名物の○○饅頭(名前を忘れた)は、下呂温泉でも
売っていますか?」。私は知らなかった。饅頭を売っているかどうか知らなか
ったのではない。饅頭の名前を知らなかったのだ。
 「それ何?」と訊きかえす私。3秒ほどの沈黙があり、「こりゃだめだ」と、
いかりや長介のような捨て台詞を吐いて、コーヒーも飲まずに去っていくM女
史。饅頭は相当有名なもののようだった。
 さて下呂のB旅館で宴会や二次会も無事終わり、露天風呂にも入り、いよい
よ就寝である。
 閑話休題。
 ここのB旅館、女性用の露天風呂が近くを通る列車から見えるので有名であ
る。この時もぜひ列車に乗りたかったのであるが、時刻表を調べたら、2時間
に1本くらいしかないのであきらめた。
 さて就寝であるが、普通添乗員は、屋根裏というか、お客を泊めることの出
来ないぼろい部屋を用意されるのだが、この日は違った。なぜならT先生と一
緒の部屋だったからである。私と彼は歳も近く、業者とお客様というよりかは、
ほとんど友達状態なのだ。
 迷惑なのは事務所のスタッフである。先のM女史のようにはっきりしたとい
うか、図々しいというか、とにかく気にしない人もいるにはいるが、ほとんど
のスタッフは、添乗員である私に気を遣っているのだ。
 それならそれで私にも考えがある。こちとら腐っても鯛、プロ添なのだ。こ
れからもどんどん気を遣ってもらうことにした。
 T先生とは夜中の3時くらいまでダベっていた。そろそろ寝るかということ
になり、モーニングコールをセットしようと受話器をとる私。朝はめっぽう弱
いのだ。
 T先生は朝に強いらしく、「必ず6時半には目が覚めるから大丈夫だよ」と
いう頼もしい言葉に甘えて、その晩はぐっすりと眠った。
 電話のベルで目覚める私。こんな夜中に誰かと思いながら不機嫌そうに電話
に出る。相手はおばさんである。
 「添乗員さん、朝食の時間です。皆さんお集まりですが」。「?」。一瞬事態
が飲み込めなかったが、時計を見るとすでに8時。T先生はきょとんとした顔
をして布団の上に座っている。
 それから毎年この事務所の皆さんとはご一緒させていただいており、T先生
と同じ部屋に泊めていただいているが、モーニングコールだけは忘れずにかけ
ている。 

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パタヤ漂流記
 タイのパタヤビーチは、バンコックから近いこともあって、いつも観光客で
賑わっている。あまり、きれいな海ではないので、多くの人は10kmほど沖
にあるラン島に行って泳ぐ。
 ラン島へはモーターボートで渡るのだが、通常はラン島のビーチに直行せず、
まずは実弾射撃場に連れて行かれる。その後パラセイリングの場所を経由して
ビーチへ行くのだ。
 パタヤの近くにはゴルフ場もいくつかある。キャディは一人に一人つくし、
日本では貴重な平らなコースが多いので好評だ。
 3〜4日も滞在するなら、今日はビーチ、明日はゴルフ、夜はオカマショー
にマッサージ、まあいろいろお試しできるわけだが、1泊や2泊ではどれかに
しぼらなければならない。
 その時はT合金株式会社の社員旅行の添乗でパタヤにきていた。ゴルフをや
る人とそうでない人に別れることになった。
 ガイドは一人しかいないので、ガイドはラン島に行く人たちに、そして私は
ゴルフ組に同行することになった。ただ私はゴルフをしないので、手続き後は
単独ラン島に渡り合流することになった。
 ゴルフのチェックインはべつにどうってことなく済み、それでは頑張ってく
ださいねと声をかけてからパタヤに戻り、ラン島に渡るボートをさがした。
 モーターボートはたくさんあり、どの船頭も乗れ乗れというのだが、いざ値
段交渉をしてみると高い。二千バーツくらいのことを言う。日本円にして八千
円くらいだ。高いと思うのだが、誰に訊いても同じだ。二千バーツあればもっ
と楽しい事だって出来るのにもったいない。
 そんな時船頭が「あれで行ったらどうか?」といって指差したものがあった。
水上スクーターである。ちゃんと運転手をつけて千バーツだという。半額なら
これにするか。
 そんなわけで運転手、といっても小学校高学年くらいのガキだが、彼につか
まっていざ出発となった。
 モーターボートで行けばあまり気づかないのだが、穏やかそうなパタヤの海
も、沖に出ると結構波がある。ライフジャケットは一応装着したが、なぜが穴
だらけだ。もう三分の一くらい来ただろうか。万が一こんなところでエンスト
でもしたらちょっと泳いでは帰れない。
 1kmくらい先にアメリカの第七艦隊の戦艦が休養にきている。あそこまで
泳げるだろうか。考えるまでもない、50m以上泳いだことはないのだ。
 そんな不安が現実のこととなった。
 エンジンがスポスポと情けない音を出しはじめたかと思うと、しまいにはウ
ンともスンとも言わなくなってしまった。ガキは「マイペンライ」を連発して
いるが、何度トライしてもエンジンはかからない。だんだん青ざめてくるガキ。
すでに青ざめている私。
 潮の流れは速い。すでに戦艦が目の前だ。近くで見ると異様にでかい。不気
味でさえある。甲板から陽気に手を振る乗組員が見える。ヒトが遭難して困っ
ているのに何て能天気なやつらなのだ。
 かれこれ30分は格闘していただろうか、ガキがついにあきらめの表情を作
った。二人でバタ足をして帰るか、もしくは第七艦隊に救助を要請するか。
 そんな時天の助けか、ガキの友達のこれまたガキが運転するモーターボート
が、近くを通ったのだ。救援信号を送るガキ。それに気づくガキ。とにかく助
かった。
 モーターボートに水上スクーターの錨を引っ掛けて曳航してもらうことにし
た。乗り移るには波が高すぎたからだ。
 5分ほど引っ張ってもらったところで錨が外れた。そのはずみでモーターボ
ートの後ろの部分に大きな傷がついてしまったのだ。それを見たモーターボー
トのガキが怒って、われわれをおいて行ってしまった。
 もうすでに第七艦隊は遠くにあり、残された選択肢はバタ足だけだ。疲労感
が漂う。
 しかし幸運なことにそこは多くのモーターボートが行き来する航路上にあっ
たようで、われわれは手を振り続けたところ、偶然にもうちのガキの親父が運
転するモーターボートが通りかかり、私は拾ってもらうことが出来た。
 親父はその場に自分の息子を残し、ラン島へと向かった。あのガキ、果たし
て生きて帰れたのだろうか。きっとライオンのように厳しく躾ける方針の親だっ
たのだろう。
 その親父なのだが、運転しながら何かもじもじとしているのが気になったの
だが、とりあえず実弾射撃場の桟橋に着いた。「ボートに乗っていた客は30
分くらい帰ってこない。その間にビーチまで送ってやる。ただ、今オレはトイ
レに行きたいのでちょっとボートで待っていて欲しい」そんなことを身振り手
振りで伝える親父。「ああトイレくらい行っておいで」と寛大な私。親父は尻
のあたりを押さえながらガニマタで桟橋を走っていく。残された私は、桟橋に
ロープでつながれたボートの上でプカプカ揺れながら待っている。
 しかしこの親父、いつになっても戻ってこない。どうも腹具合が悪いらしい。
もうパタヤビーチを出てから2時間くらいたっている。お客様もガイドも心配
しているに違いない。
 そこへ、ボートの上にいる日本人を、不思議そうな目で眺める男が来た。水
上スクーターに乗っている。きわめて印象の悪い乗り物だが、この際贅沢を言
ってはいけない。おいでおいでをして値段交渉をする。
 相手は足元を見て千バーツだという。仕方ない、こちらはプカプカ状態なの
だ。
 今度は順調にラン島のビーチに着くことが出来た。お客様は、もう私が来な
いものだと思っていたようで、帰る準備を始めていた。
 私の顔を見て驚く。「どうしたのその赤い顔?」。2時間も漂流していれば陽
にも焼けるさ。
 それにしても結局は二千バーツも使ってしまったわけで、最初からモーター
ボートにしておけば良かったんだよね。

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金髪の靴磨き
 マイレージプログラムの威力は恐ろしい。中途半端なたまり方ならどこの航
空会社でも良いのだが、ある程度たまってくると、値段が高かろうが、時間帯
が悪かろうが、不便なルーティングだろうが、はたまたスッチーがブスだろう
がかまわなくなってくる。
 私は一般の旅行者はもちろんのこと、旅行業界の人間にさえあまり知られて
いなかった1989年から、ユナイテッド航空のメンバーだ。
 毎年、ユナイテッド航空を五万マイル以上は確実に利用するので、常にゴー
ルドカードが送られてくる。ゴールドカードのメンバーになるとマイルが倍に
なったり、ラウンジが使えたり、時々はアップグレードになったり、おばさん
スッチーがいいこいいこしてくれたり、とにかくまた利用しなきゃ、みたいな
気分になってくる。
 最近では航空会社間の提携が進んで、他の航空会社に乗ったときもマイルが
たまったりするので、4〜5社の会員になっていれば、日本に就航しているメ
ジャーな航空会社はほとんど網羅できる仕組みになっている。マイルがためや
すくなったということだ。
 ある団体で、ミズーリー州のスプリングフィールドに行くことになった。ま
ずサンフランシスコに飛び、そこからコロラド州のデンバーで乗り換えてスプ
リングフィールドに入った。
 多少なりとも航空業界に詳しい人なら、これがユナイテッド航空だというこ
とに気付くだろう。航空会社にはハブにしている空港がある。そこに行けば多
くの都市への便が出ており、乗り継ぎに便利なのだ。デンバーはユナイテッド
航空のハブのひとつなのだ。
 成田からスプリングフィールドに行くのには、アメリカン航空のダラス乗換
えが、最も乗り換えの少ないルートだったのだが、お客様がユナイテッド航空
のメンバーだった関係で、そのルートは企画の段階で却下されていた。
 前置きが長くなったが、そんなわけで特にデンバーに用事があるわけではな
いのだが、この空港はよく利用する。他のアメリカの空港と同様にバカでかい。
同じ航空会社同士でもかなりの距離を歩かされる。
したがって到着の飛行機がちょっとでも遅れたりしたら乗り継げないのであ
る。日本と違い、アメリカでは飛行機はバス並の扱いを受けているので、乗り
継げなかったくらいで丁重に謝ってなどくれない。カスタマーセンターの長い
列に並び、変更をお願いしなければならない。少人数だったらまあ何とかなる
ことでも、20人もお客様を連れているとちょっと気が重い。結果として、乗
り継ぎ時間は十分に取るようになる。
そのときも、確か2時間半くらいの待ち時間があったように記憶している。
1時間くらいならコーヒーでも飲みながらだべっていれば良いが、それ以上は
退屈だ。ぷらぷらターミナル内を歩くのだが、デンバーの空港はでかい割には
ショップ関係が少ない。
そんななかにふと目に留った一角があった。靴磨きのコーナーである。
ターミナル中央付近のエスカレーターの陰に6脚ほどの大きな椅子が置いて
ある。日本の靴磨きと違い、客は高い位置にある立派な椅子に腰掛け、磨く人
は立った状態で仕事が出来るようになっているのだ。これだけではどこにでも
ある風景なのだが、この靴磨きコーナーはちょっと、というかかなり違った。
そこで靴を磨いている従業員全員が金髪の女性だったのだ。
時間帯のせいか、ターミナル内は人気もまばらなのに、靴磨きの椅子はふさ
がっている。全員が後ろも振り向かず一生懸命靴を磨いている。近くに新聞を
見ながらウェィティングしているオヤジもいる。
私は断じて金髪は好みではないのだが、ここは話の種に磨いてもらわねばな
るまい。しかし待っているのもしゃくだ。というよりそんな姿を、知っている
人にみられたくない。
空くまでまとうとしばらく散歩して戻ってみる。まだいっぱいなのだ。デン
バーにはスケベオヤジが多いのだろうか。
それにしても靴磨きの連中の服装がまたいい。黒のパンツに白いワイシャツ、
それに蝶ネクタイ。その上からやはり黒いエプロン。まるでカフェバーのウェ
ィトレスではないか。後ろから見ていると、ブラだって透けてるぞ。何度も言
うようだが、私は金髪は好きではない。しかし透けブラはずるいではないか。
仕方ないもう一度散歩をしてこよう。
戻ってみると三度目の正直だ。ひとつだけ空いている。それも一番小柄な女
性の前が空いている。デンバーはいいところだ。
短い足を精一杯開いて椅子に登る。
そこでみた光景は、ああ悪夢だ。金髪は全員、どう若く見積もっても50を
超えたババアばっかりだったのだ。だまされた。
彼女らが後ろを振り向かない理由がわかった。

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