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      <title><![CDATA[トニーたかはし世界添乗記]]></title>
      <link>http://www.thai-depart.com/tonysekai/</link>
      <description><![CDATA[20年近くにわたってツアーコンダクター、ツアープランナーとして<br>活躍しアジア、ヨーロッパ、アメリカなどの各国に添乗。
<br>その経験は非常に豊富でさまざまな逸話をもつ。
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      <language>ja</language>
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         <title>汗だくサイクリング</title>
         <link>http://www.thai-depart.com/tonysekai/?eid=18</link>
         <description><![CDATA[グアムやサイパンといった日本から近いリゾートには、あまり添乗の仕事がない。少なくとも私にはめったに依頼がない。理由はいくつか考えられるが、自由行動が多い、日本語が通じる、大きな団体で行くことが少ない、添乗員があてにならい、まあこんなところだろうか。
　そんなグアムに久しぶりに行ってきた。江戸川の鉄工所の社員旅行だ。男性ばかりなので、一見マニラ行きの団体のような風情ではあったが、結構皆さん海外旅行慣れしてて、リゾートを満喫していた。
　あまり観光をする土地柄ではないので、滞在中のほとんどの時間は自由行動になる。お客様の自由行動は、添乗員にとっても自由行動になる場合が多い。ただしここでプールサイドで寝そべって過ごしてる奴は、優秀な添乗員にはなれない。いつもの私はそうだった。でも今回は違う。
　実は私には重大な任務があったのだ。お客様から打診のあった、ある施設を下見に行かなければならなかったのだ。その施設がどういった内容のものであるか、ここで明かすわけにはいかない。ただそこに行ったことを、あまりヒトには話したくない、という程度の施設である。
　そこはホテルが並ぶタモンビーチのエリアではなく、丘を一つ超えた、何もないような一帯にある。宿泊しているアウトリガーホテルからは５ｋｍほどありそうだ。
　そこで問題になってくるのが交通機関だ。歩いて行くのは無理そうだし、タクシーで行くのは恥ずかしい（そういう施設なのだ）。バスがあるとも思えないし、さてどうしたものかと考えながら歩いていると、「モーター付自転車」ののぼりが立っているではないか。この暑さで自転車をこぐのは悪い冗談になるが、モーター付なら楽そうだ。
　早速その自転車屋に入ってみると、東洋系の美人のおネエさんがいろいろ説明をしてくれる。アメリカ本土から来たのか、完璧なきれいな英語で、従ってよく判らない。バッテリーの残量を確認して、約３時間は大丈夫であること、こがなくてもモーターだけでも走れること、などを教えてくれる。
　３時間ほど借りることにして軽快に店を出た。スピードはせいぜい１５ｋｍくらいだが、ゆるい坂道もらくらく登っていく。なかなか快適である。丘の上のヒルトンホテルで休憩がてら、海を眺めながらアイスティーを飲む。任務を忘れそうである。
　ヒルトンホテルから先は長い下り坂だ。南国の風は気持ちいい。車の数も少なく、人通りもほとんどない。時々小さなスーパーや、車のディーラー、倉庫などがある程度だ。暇そうな若者が数人しゃがんでいる。自慢げに鼻歌なんぞを歌いながら通過するが、誰も興味を示さない。哀れな奴らだ。
　なんの苦労も無く目的地に到着。店の雰囲気を視察し、細かな条件を聞き出し、あとで多数のお客様を連れてくるかもしれない旨を伝え、それでは私も少々くつろいでいくかと値切り交渉をしたら、今はいっぱいとのこと。
　仕方なくホテルに戻ることにする。レンタル時間はあと２時間あるし、夕食の集合時間にも３時間ある。行きとは別の道を通って帰るか、などと思案しながらモーター付自転車のキーをオンにする。
　いままではキーをまわすとランプが点いたのに、今回は何の変化もみられない。繰り返し何回かやってみたが、状況は変わらない。バッテリーが切れたのだ。あのネーちゃんは３時間持つといったのに、わずか１時間でなくなってしまったのだ。ペテンにあった。あんな女を美人と思った自分が恥ずかしい。
　仕方ない、こいで帰ろう。モーターは動かなくても自転車は自転車だ。こげば前へ進むはずだ。颯爽と下ってきた道を、今度はえっちらおっちらこいで行かなければならない。ギアーチェンジみたいな装備はないので、結構ペダルが重い。モーター付自転車のモーターなしは、普通の自転車より重いのだ。
　道半ばでこぐのを断念して、押して歩く。こんなに暑い中で自転車を押している自分が情けない。先程の暇そうな若者の前を通る。さっきは何の興味も示さなかった彼らが、今度はこちらを指差し笑ってる。くやしい。
　自転車屋に着いたら文句を言ってやらねばならない。バッテリーが１時間しか持たなかったこと、グアムの道は坂が多いこと、気温が３５度はあること、そして任務が完全に遂行されなかったこと。自転車を押しながら英作文をする。いつも持ち歩いてるコンサイスを持ってこなかったことを後悔する。
　苦節９０分、やっとのことで自転車屋に帰ってきた。ネーちゃんはいなかった。それどころか店自体閉まってる。張り紙がしてあり、裏のホテルのフロントにキーを返してくれと書いてある。指示通りキーを返したが、どうもむしゃくしゃする。張り紙に書いてあった電話番号にかけると、どうも本人がらしい女性の声が聞こえたので、英作文の成果を披露する。返ってきた答えは「こぎながらで３時間持つって言ったでしょう」だって。
　この夜の焼肉は抜群にうまかった。
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         <pubDate>Mon, 31 Mar 2008 21:21:18 +0900</pubDate>
         <guid>http://www.thai-depart.com/tonysekai/?eid=18</guid>
      </item>
      
      <item>
         <title>恐怖の撮影男</title>
         <link>http://www.thai-depart.com/tonysekai/?eid=17</link>
         <description><![CDATA[知り合いにプロのカメラマンがいる。彼とはベトナム、タイ、ハワイへ一緒
に行ったことがある。撮影の仕事ではないのだが、いつもカメラは手放さない。
一眼レフカメラと交換レンズ数本の他に、サブ機として高級コンパクトカメラ
を持っている。
　フィルムも尋常ではない数だ。５０本、もしかしたら１００本。２４枚撮り
で５０本持参したとしても１，２００枚分になる。したがっていつも撮影して
いる感じになってしまう。
　サムイ島のディスコへ行った時も、コンパクトカメラを右手に持ち、ファイ
ンダーを覗くこともなく、踊りながらバシバシ撮っている。あんなにいい加減
に撮っていてうまく仕上がるのかと不思議に思ったものだが、出来上がった膨
大な数の写真を見せていただいてびっくりした。ろくな写真がないのだ。
　そのとき初めて気がついたのだが、もちろんプロなのだから我々よりはるか
に腕が良いはずだが、それ以上に撮る枚数が違うのだ。たくさん撮った写真の
中には結構良いものが混じっているというわけだ。
　まあこれはいくらか前の話で、今の世の中はデジカメ全盛だから、失敗した
ものはどんどん削除できるようになったが、かといって撮影する労力や時間は
フィルムカメラと変わるわけではない。それに画像の芸術性を追求するとなる
と、やはりプロは今でもフィルムカメラを多く使っているようだ。
　さてここから登場するのが今回の主人公、東京在住のＪ氏である。
　彼は事務機関係のサービス部門にいるサラリーマンである。４０台半ばで独
身ということもあり、趣味はパソコンにデジカメ、ケータイに海外旅行、傍目
には優雅なシングルライフと言えなくもない。
　Ｊ氏とは何度海外に行ったことだろうか。もともとパソコン以前の彼はとん
でもない記録魔で、例えばタイの田舎で列車に乗るために駅に行ったとき、駅
名表示の看板をカメラにおさめたのは良いのだが、表側だけでは飽き足らず、
裏側も撮影して他の参加者からとても感心されたりした。
　それでもフィルムカメラ時代の彼は、普通の人よりちょっと多めに撮ってい
るかな？位だったのだが、いよいよデジカメ時代の到来を迎え、彼の天下が訪
れた。枚数を気にしなくて済むようになったのだ。
　２００３年６月、極東ロシアのウラジオストックを旅行したときも、彼の才
能が余すところなく発揮されたといって良いだろう。なんと３泊４日の旅で動
画も含め６００枚撮ったのだ。
　３泊といっても初日は夜着で、最終日は午前発なので、実質中２日である。
想像してみてほしい、２日で６００枚というのは、印象としてはいつも写真を
撮っている感じになる。
　では何を撮っているのか？
　まずは航空券である。航空券、パスポート、荷物札、そんなこんなを丁寧に
撮る。ガイドの名刺の表裏、機内食に始まって旅行中食べたすべての食事と飲
み物、お土産の数々、リコーのウラジオストック代理店の看板、列車の灰皿、
列車に乗り合わせたロシア娘のおへそ、レストランのウエイトレス、飲んだビ
ールの王冠、タクシーのメーター、ホテルの部屋のトイレ、シャンプー、クロ
ゼットの中、フロントで手続きをする私の後姿、撮影禁止のウラジオストック
空港．．．。
　まあ気がついたありとあらゆるものを撮るのである。
　最初のうちは面白がって、｢これを撮ったらどうか｣などとアドバイスをして
いた他のお客様も、だんだんと無口になっていった。こいつへたをするとスパ
イと間違われるのではないか。そんな不安がよぎり始めたのである。
　ウラジオストックは新潟から１時間半で着く結構身近な海外だ。たまたま北
朝鮮の船が新潟港に寄港しなくなったりという話題の時で、新潟空港は北朝鮮
へ行く人で賑わっていた。ウラジオストックで乗り換えると、その日のうちに
ピョンヤンに着けるという便があるのだ。
　街並みはヨーロッパの田舎そのもので、歩いている人たちも白人がほとんど。
ソ連崩壊後は食料品も結構豊富で、行動も自由に出来る。昔のガイドブックに
書いてあるような、レストランに行っても、膨大なメニューの中で出来る料理
は２種類のみ、みたいなこともなかった。日本から一番近い西洋と言っていい
だろう。われわれの業界で、最もこれから楽しみなディステネーションと目さ
れているのもうなずける。
　しかしそんな開放的になってきたロシアでも、入国手続きはいまだにソ連時
代を引きずっているような印象だった。まず日本でビザを取るのにも数々の書
類が必要で、時間がかかり、また費用もかかった。入国書類は一字も訂正して
はいけないと言われ、結構緊張しながら記入したのだが、飛行機で隣り合わせ
たネエちゃんは、「あらワタシまた間違えちゃった〜」などと言いながらバン
バン訂正していたが、無事入国していた。まあ昔より寛大になったということ
だろうけど、その入国審査が２度もあるのだ。イミグレーションとパスポート
コントロールに分かれている。普通は一緒じゃないのか？
　そんな空港でも彼は撮影を試みるのであった。もちろんファインダーを覗い
たら、捕まってしまうだろう。手のひらに載せて、低い位置でそっと撮影する
のだ。これは田代某が階段で女性を狙ったあの方法である。
　彼のおかげで退屈しない旅行が楽しめたが、実はそのとき私を含め全員ウラ
ジオストックが初めてだった。帰国後参加した方々と思い出話をするわけだが、
どうもみんな今ひとつ街の印象が薄いようなのだ。どうも景色を見ないで、Ｊ
氏ばかり見ていたようだ。
		
	]]></description>
         <pubDate>Sun, 15 Oct 2006 18:36:56 +0900</pubDate>
         <guid>http://www.thai-depart.com/tonysekai/?eid=17</guid>
      </item>
      
      <item>
         <title>ナイトクラブは３００円</title>
         <link>http://www.thai-depart.com/tonysekai/?eid=16</link>
         <description><![CDATA[　１９９４年のカンボジアといえば、国連の暫定統治から独立したての頃だ。
独立したとはいっても、首都プノンペンでは武器狩りの検問をやっていたり、
タイとの国境付近にはポルポト派の残兵がいたり、道を外れると地雷注意の看
板があったり、まあちょっときな臭く、物騒な国だった。
　そんな所でも、一度はアンコールワットを見てみたいという好奇心旺盛なお
客様で、そこそこ賑わっていた。アンコールワットはシェムリアップという町
の郊外にあるが、当時シェムリアップへは、タイのバンコックから一旦プノン
ペンへ飛び、そこから国内線で行くしかなかった。いまではバンコックやホー
チミンシティーから直行便があるし、シーズンになれば日本からダイレクトに
行けるチャーター便もある。
　宿泊施設もショボいホテルしかなく、グランドなんかも床はしみだらけ、バ
スタブもなく、なんだか埃っぽい部屋だった。いまじゃラッフルズの運営で、
クレアあたりで最も採り上げられそうなおしゃれなホテルになっているが。
　早い話がシェムリアップという町は田舎で、世界有数の観光資源を抱えなが
ら、まだ受け入れ態勢は十分ではなかったということだ。
　この地に足を運ぶ人というのは、やはりアンコールワットが目的である。リ
ゾートライフやショッピング目的の人はやってこない。実は私は遺跡とかにそ
れほど興味がない。嫌いとかではなくて、うまく表現できないが、昔のものよ
り今のものの方が好きなタイプなのだ。寺より市場みたいな感じだ。ついでだ
が、自然にもあまり関心がない。自然が織り成す風景より、そこにいる人間の
ほうが面白い。こうした感性は添乗員としてあまり褒められるものではない。
　その私がジャングルの中から現れたアンコールワットを見た時、思わず鳥肌
が立ってしまったのだ。別に寒かったわけではない。アンコールワットはマイ
ブームみたいのがあって、この頃約１０回にわたってお客様をご案内したが、
行く度に感動できた。
　建造物の大きさや荘厳さ、左右対称の美、日本人好みのちょっと苔むしたよ
うな色合い、彫刻やレリーフの美しさ、そしてなによりこの巨大な建造物が密
林から発見されたというミステリアスな世界。砂漠のピラミッドも悪くないが、
湿った東南アジアの空気が日本人に合っているのかもしれない。やはり日本と
東南アジアの国は、ある程度理解し合える共通の感覚があるように思う。イン
ド以西はまったく住んでいる世界が違う異文化の地。そういったこともあるか
もしれない。
　そんなアンコールワットの感動をかみしめ、皆さんでホテルのレストランで
食事を摂っていると、参加者の中でただ一人、遺跡に興味が沸かないタイプの
おじ様Ｔさんが、「どこかナイトクラブにでも飲みに行かないか」と言うのだ。
ここをどこだと思っているのだろうか。ナイトクラブなら帰りにバンコックに
寄った際に行けば良いではないか。「さっきバスから怪しい灯りを見た」とも
おっしゃる。事前調査にも余念がない。
　実はその怪しい灯りは私も気になっていた。あれはただのレストランではな
さそうだった。しかしここはシェムリアップだぞ。ナイトクラブに行くような
観光客も少なそうだし、ましてや地元の人がそんなところにいくか？
　こういった状況におかれたときは、まず行ってみることにしている。早い話
興味があったのだ。そうだ寺より市場、自然より人間だったではないか。自分
のポリシーを曲げぬためにも、ここはＴさんの顔を立てていくことにしよう。
　ガイドのＦ君はプノンペンから同行してくれていた日本人だったが、夜の道
は危ないので、歩いていかずバイクタクシーで行こうということになった。彼
は遺跡の説明が抜群に上手だったが、ナイトクラブの案内は得意ではないよう
だった。ホテルから５００ｍくらいしか離れていなかったはずだが、場所を説
明するのにちょっと苦労している。
バイク３台で行くつもりだったが、途中で離れ離れになってはいけないとい
う配慮もあってか、バイクの横にサイドカーとしてリヤカーをつけた変な乗り
物を見つけてきた。どうも人間を乗せるシロモノではなさそうだ。このリヤカ
ーにいい男が３人しゃがんで乗って、いそいそとナイトクラブへ向かったのだ。
Ｔさんと私が目撃した灯りはやはりナイトクラブだった。中に入ると生バン
ドというか、民俗音楽を奏でる楽隊がいて、民族衣装を着た女の子が歌を唄っ
ている。これはよくある観光客用の民族舞踊ショーの類ではない。当時カンボ
ジアではそういった音楽しかなかったということだろう。
ほとんどステージしか見えないくらい真っ暗で、どうもホステスらしい、チ
ャラチャラしたドレスを着た女の子が行ったり来たりしているの。なぜかテー
ブルに並びきれないくらいの料理を食べている、子供連れのファミリーがいた
りする。
いちばん後ろの方の席しか空いてなくて、そこはすぐ後ろがホステスたちの
控え席になっており、入れ替わり立ち代り後ろから肩をたたかれることとなっ
た。「私一緒に飲んでもいい？」なんて言っているのかもしれないが、なにせ
言葉が通じない。Ｆ君に通訳を依頼すると、どうもホステスはベトナム人が多
いみたいで、Ｆ君も良く解からないという。
それにしてもこのホステス達、室内が真っ暗なせいで、いすに座っている時
はまあまあ美しく見えるのだが、肩をたたかれるくらいの距離に来ると「今ち
ょっと忙しい」と言ってお断りするしかないような、ちょっと怖い世界があっ
た。
さてドリンクだが、Ｔさんはビール、私とＦ君はアルコールがだめなので、
コーラをオーダーした。３０分ほど過ごし、さして面白くもないので帰ること
にした。Ｆ君に会計を依頼。追加オーダーをしなかったので、缶ビール１本と、
缶コーラ２本である。Ｆ君は栓を抜かずに飲まずにいたのだが、なんと返品が
きくらしい。
こういった一見の店では勘定が怖い。昔パリのピガール広場で１０万円くら
い請求されたことがあるがここでは触れない。日本でも知らない街で、知らな
い飲み屋に入るのには勇気がいる。ましてや海外である。外人相手のボッタク
リは何度も経験済みだ。
震える手で請求書を見た。＄２．８０。
一瞬＄２８０かと思った。なんと勘定は３００円だったのだ。どこの世界に
女性がいて生バンドの演奏がついていて、３人で３００円のナイトクラブがあ
るだろうか。３人はその話題で大いに盛り上がり、再びリヤカーにしゃがんで、
ホテルへ帰るのだった。
いまではシェムリアップはナイトクラブや変なマッサージ屋のネオンに溢れ
ている。]]></description>
         <pubDate>Sun, 15 Oct 2006 18:34:14 +0900</pubDate>
         <guid>http://www.thai-depart.com/tonysekai/?eid=16</guid>
      </item>
      
      <item>
         <title>牡蠣は生に限る</title>
         <link>http://www.thai-depart.com/tonysekai/?eid=15</link>
         <description><![CDATA[牡蠣は冬に食べるものといったイメージ強い。若狭湾の牡蠣は夏がうまいとかの例外はあるにせよ、燦燦と輝く太陽の下、吹き出る汗をぬぐいながら摂取といったイメージではない。ましてや灼熱のタイで牡蠣、それも生でとは。
　タイ料理に牡蠣のオムレツがあるのは知っていた。ちょっと小ぶりのぷりぷりとした牡蠣がなかなかおいしく、味の濃いタイ料理にあって、誰でも食べることのできそうなさっぱりとした出来になっている。台湾でもよく屋台などで見かけるので、おなじみの一品といえるだろう。
　問題は生の牡蠣である。
　あれはもう１０年以上前のことになるが、ある大手水産会社のツアーの添乗をしたときだ。日本全国の卸業者、つまりは大口のお客様にタイで製品が作られる現場を研修していただこうという趣旨のツアーだった。海老の養殖池や海老フライの工場見学などが盛り込まれていた。
　現地の業者も熱烈歓迎モードで、工場見学の後に昼ごはんのご接待が設営されていた。といっても工場はバンコックのはるか郊外で、一流のレストランはなく、とりあえず冷房はつけてみました、みたいな場所だった。
　さすがに水産関係の業者がプロをもてなす食事とあって、出てくる料理のいずれもが、手が込んでいて、おいしいものばかりだった。近くの港から水揚げされた新鮮なものばかりということだった。
　何品目かで、ホワイトタイガーの刺身が出てきた。ブラックタイガーは有名だが、それとは別の種類の淡水海老らしい。なんでも繁殖率が低いらしく、かなり高価なもので、一般の市場にはあまり出ていないとのこと。
　しかし直前までどろどろの養殖池を見学してきたばっかりで、こんなもの食べて大丈夫だろうかと思う。でもプロがプロのために用意したものだからと考えて、思い切って食べてみるとこれがうまい。やはり食わず嫌いは良くない。
　さてホワイトタイガーの次にウェィトレスが運んできたのが、砕いた氷の大きな山であった。直径８０ｃｍくらいありそうな大きなお盆に、高さ４０ｃｍくらいの富士山型に氷が盛ってあるのだ。その氷の斜面一面に、生の牡蠣が貼り付けてあるのだ。
　生の牡蠣は嫌いではない。嫌いではないが２回あたったことがある。宝くじ
なら大いに当たりたいが、貝にあたるのはもう金輪際ごめんというくらい苦しかった。そんな記憶が脳裏をかすめる。レストランの窓を眺めると、外の景色が熱気でゆらゆらゆれている。そうだ今は５月、タイでは最も暑い季節で、外の気温は優に４０度を超えているのだ。
　ヒトの心配を知ってかどうか、タイ人の担当者が、「これは採れたてで新鮮である」ことと｢唐辛子とにんにくのあげたもの、そして得体の知れない葉っぱを一緒に食べると毒消しになる｣などと説明している。そうかそうかと納得するわけにはいかない。なんだかんだ言ったって毒消しが必要なんじゃないか。
つまり牡蠣は毒だってことだろう。
　しかし同じ円卓に座っている団長が｢これがうまいんだよね｣とか何とか言ってバクバク食べている。同じテーブルの諸氏も特に気にしている様子はない。
お腹は大丈夫なのだろうか。帰り道は２時間かかるけど途中にトイレはないぞ。
男ばっかりだから野グソか。いずれにしてもウチが用意した食事で食中毒にでもなられたら責任問題になるが、お客さんがセッティングしたのだからまあそれはいいか。いやいや良くない。集団野グソだけは避けたい。
　食わず嫌いはいけない。さっきホワイトタイガーで学習したばかりではないか。しかし出来れば食べたくなかった。団長が何の疑いもない笑顔で「たかはし君、遠慮しないで食べなさい、おいしいよ」などとおっしゃるにいたり覚悟を決めた。こうなったらポジティブに物事を考えるしかない。プロが勧めてくれたのだから大丈夫と思うことにした。
　ひとつ食べてみる。もちろん毒消しの類は牡蠣の倍くらい添えて。葉っぱの臭みばかりが際立ちおいしくない。もうひとつ食べてみる。やはり命を懸けてまで食べたいとは思わない。
　添乗員の不安をよそにわがテーブルの牡蠣はきれいになくなった。見事な食欲である。お腹の辺りをさすりながらホテルへ向かう。幸いトイレのリクエストもなく、バスは渋滞に巻き込まれ３時間かかってホテルに着いた。
　ホテルのラウンジで何人かのお客様とコーヒーを飲みながら雑談をする。
「いくら新鮮とはいえ、こんな暑い国で生牡蠣なんて、よく皆さん食べられますね」と私。「え？　私ら隣のテーブルのたかはしさんが食べるのを見て、添乗員さんが食べるのならＯＫだろうといことで箸をつけたんですよ」とお客様。
　それ以来タイでは生牡蠣を食べてない。]]></description>
         <pubDate>Sun, 15 Oct 2006 18:32:40 +0900</pubDate>
         <guid>http://www.thai-depart.com/tonysekai/?eid=15</guid>
      </item>
      
      <item>
         <title>ヘヤー解禁</title>
         <link>http://www.thai-depart.com/tonysekai/?eid=14</link>
         <description><![CDATA[イランに行ったことがある。イラン航空の研修ツアーというか体験旅行というか、まあ業界向けのご優待である。追加代金を払えば友人参加もＯＫということで、お客様のような友達のような、ものずきな５名も参加させていただくことになった。
　例の９．１１の数ヶ月前だったのだが、このツアーに参加したおかげで、イスラム世界に対するものの見方みたいなものが、少し世間の人とは違ってきた。イランに対する感じは、日本にいるイラン人の印象が悪いせいか、どちらかといえば｢危ない国｣といった感じを抱いている人が多いのではないだろうか。どこかの国のカウボーイ野郎が「悪の枢軸」とか言ったおかげもあるだろう。
　しかし百聞は一見にしかず。首都テヘランに着いてみたら、片側５車線の高速道路、きれいな高層住宅群、芝生の公園に噴水、その公園でピクニックをする家族連れ、フレンドリーな人たち、清潔でおいしいレストラン、とにかくダーティーなイメージからは程遠い、近代的で開放的なところなのだ。
　観光地だってたくさんある。ペルセポリスの遺跡はあまりにも有名だが、今回もっとも気に入ったのは古都イスファハンのイマーム広場だ。
　強いて旅行前から想像していた通りだったことといえば、ホメイニ師とハメネイ師、そしてハタミ大統領の肖像があちらこちらにあることと、女性が顔以外の全身を隠していることだったろうか。
　国の指導者の肖像を飾ることは、独裁国家や社会主義国で見られることだが、よく聞いてみたら、ハタミ大統領は国民の直接選挙で選ばれており、それもイスラム教の最高指導者(ということは国の最高指導者)であるハメネイ師とは一線を画している、というかどちらかといえば抵抗勢力的な大統領らしい。そういった人を選ぶことのできるイランの政治システムは、ある面では日本よりも民主的ではないか。
　それから女性の服装。ミニスカートやへそだしスタイルが最も節度あると勘違いしているアメリカ人からすれば異様な光景なのかもしれない。アフガニスタンのブルカが彼らの槍玉にあがっていたのは記憶に新しい。
　しかしイランの服装はアフガニスタンのそれほどは厳しいものではない。ベールで全身を包んでいる人もいるが、多くは頭だけかぶるようになっているマグナエというものを利用している。スカーフを巻いただけというのでも大丈夫らしい。色は黒が多いが、特に決まりはないらしく、結構カラフルなものもみかける。前髪を出すのがおしゃれで、それが茶髪だったりもする。黒のコートの裏地が赤だったり、化粧が艶やかだったり、イランの女性はそれなりにファションを楽しんでいる。
　この服装規定は外国からの旅行者にも要求される。われらに同行のおばさま方はもとより、研修ツアーに参加の他の旅行会社や航空会社のお姉さま方も、全員髪を隠している。わが同行者のＭさんは、よくバスの中で首をたれてお休みになられるのだが、その度にスカーフがずれ落ちてガイドから注意を受ける。旅行者の身だしなみはガイドの責任らしい。
　参加者の中で一番若い女性は某韓国系航空会社の地上スタッフの方だった。多分２０代半ばくらいだったと思うが、詳しくは知らない。その彼女はスカーフからちょこっとかわいらしい前髪を覗かせているのだが、もちろんそれ以上は見ることができない。ホテルの自分の部屋に帰らない限りスカーフをとることは許されないのだ。
　それとなく観察していると(べつに興味があったわけではないが)、結構キュートな顔つきをしている。ただいまひとつ自信がないのは、ヒトの美醜というのは、顔面の造作だけではなく、耳やヘアースタイルや、そういった総合評価によると思うのだ。
　観察の結果、どうも髪の毛を見たくなってきた。しかし歩いている最中にスカーフを奪うわけにもいかない。たまたまホテルで隣に部屋になったことがあったが、まさか壁に穴をあけるわけにもいかず、そっと耳を澄ましていると(べつに興味があったわけではないが)、大きなくしゃみが３回。キュートな顔には似合わないくしゃみだ。
　結局８日間の旅行が終了し、成田空港の税関でヘアー解禁となった。やはりかなりかわいい。それからは髪の毛を隠すこともなかなか悪くないなと思うようになった。]]></description>
         <pubDate>Sun, 15 Oct 2006 18:30:56 +0900</pubDate>
         <guid>http://www.thai-depart.com/tonysekai/?eid=14</guid>
      </item>
      
      <item>
         <title>世界１豪華列車乗車記</title>
         <link>http://www.thai-depart.com/tonysekai/?eid=13</link>
         <description><![CDATA[　　世界一の豪華列車といえば何を思い出すだろうか。
　一番知られているのがオリエント急行ではないだろうか。
　本来はその名の示すとおり、ロンドンから東洋の玄関イスタンブールまでの
列車であったのだが、今はその名を借りてマレー半島やオーストラリア、アメ
リカにまで進出している。何が「オリエント」だかさっぱり解からない。
　その他にはどうだろうか。
インドにはマハラジャが利用していた車両を使った観光列車が走っている。
中国にはシルクロード特快なる列車もあるらしい。
日本だってカシオペアとかがある。
今回乗ってきたのは、おそらくそのどれよりも豪華な列車である。
南アフリカ共和国の首都プレトリアからケープタウンまで走る｢ブルートレ
イン｣がそれである。約２７時間の旅である。
ブルートレインは日本の寝台車の通称であったが、それは日本がまねをした
のである。
南アのブルートレインはかつて白人専用で、唯一日本人だけが有色人種のな
かで乗ることが許されたという、まことにもって不愉快な乗り物であったのだ
が、今はもちろんお金さえ出せば誰でもＯＫだ。
どのくらい贅沢かというと、私たちの予約した一番下のクラスの部屋でさえ、
一車両に４部屋しかない。その各車両ごとに専用の係員がいる。
部屋の中はバスまたはシャワーとトイレがついている。列車でバスタブとは
すごい。ベッドはツインまたはダブル。ダブルベッドの部屋で彼女と過ごした
日には、一晩中列車が揺れ続けてしまいそうだ。
共用のスペースとしては、クラブカー、ラウンジカー、展望車、そして食堂
車がある。いつ何を飲んでも無料である。ルームサービスもしてくれる。
食事は昼食、午後のハイティー、夕食、朝食と４回いただくことになるのだ
が、昼食と夕食はフルコースである。フランス料理なのだが、ちょっとアフリ
カっぽいのも用意されていたりする。
わが同行者のおばさま方も大満足である。夕食には胸がばっくり開いたやつ
を着てきてほしいをとお願いしてあったのだが、まあ胸ばっくりはなかったが、
それなりに皆様ドレスアップを楽しまれていた。もっとも本当に胸ばっくりで
来られても困ったのだが。
東京のＭさんはちょっと大きめのおばさまなのだが、彼女は昼食時にメイン
のチョイスを二つとも平らげてボーイ連中を大いに沸かせた。その２時間後に
はハイティーのサンドイッチにも挑戦していたので本当に頼もしい。
スタッフは皆フレンドリーで好感が持てる。教育も行き届いており、チップ
をねだるような行為は一切なかった。こちらが気が付かなかっただけかもしれ
ないが。
列車のロゴのはいった時計やチョコレートを土産にくれるのもうれしい。
ところでこの超豪華列車でちょっとした事件がおきた。断水である。
水が切れたのではなく、車両の下にある送水のバルブが何らかの理由でしま
ったらしい。外側からしか直せないのだから、走っているうちは水が出ないと
いうことだ。
朝の６時頃にＭさんからの電話で事の次第を知ったのだが、どうも夜中から
水が出ていなかったらしい。
水が出ないというのは結構大変なことで、シャワーが浴びられないくらいは
どってことないのだが、トイレが流れないのが困る。
トイレが使えないと思うと無性に大便がしたくなる。こう見えて神経が細い
のだ。豪華列車には公衆便所はないので余計困る。
断水は７時頃に臨時停車をして直ったのだが、天下のブルートレインのトイ
レが流れないという、まことに貴重な体験をしたのであった。
]]></description>
         <pubDate>Sun, 15 Oct 2006 18:27:28 +0900</pubDate>
         <guid>http://www.thai-depart.com/tonysekai/?eid=13</guid>
      </item>
      
      <item>
         <title>ぼったくりならまかせとけ</title>
         <link>http://www.thai-depart.com/tonysekai/?eid=12</link>
         <description><![CDATA[　旅先でちょっとしたトラブルはつきものである。殺人や飛行機事故などは、
そうそう頻繁に遭遇するものではないし、あっては困る。
しかし、すりや置き引き、ぼったくりなどは、場所によっては結構日常茶飯
的に起こる。
ぼったくりが犯罪の範疇なのかどうかはわからないが、後味が悪いのは言う
までもない。
意外なことに、韓国でぼられた経験をもつ人が多い。
例えばタクシー、屋台、なんと靴磨き。
タクシーは、かつて景気が良かった頃、相乗りが当たり前だった。同じ方向
に向かう客をどんどん乗せてしまうのだ。
近寄ってきたタクシーに大声で行き先を告げる。こんな芸当は旅行者には無
理だ。目的地の発音の練習をしているうちに、タクシーは去ってしまう。
そんな時代に、ホテルにたむろしているタクシーは、相乗り不能な外人相手
に、メーターを使わず、つまりは相場よりかなり高い金額を要求して営業して
いたのだ。
タクシー代が極端に安く、運転手の収入が低いのも一因だったようだ。
政府も度重なる苦情に重い腰を上げ、「模範タクシー」という新しいタクシ
ーを作ってしまった。
これは自動車自体も高級だが、運転手の質にもこだわり、メーター通りの金
額しか受けとらないようにした。相乗りもだめ。これって当たり前のことなの
だが。
普通だったら悪徳運転手の教育をするべきなのだろうが、結果として模範タ
クシーは一般のタクシーの２倍〜3倍くらいの料金で登場し、観光客の評判も
上上だった。
今では景気が悪くて、一般のタクシーでも簡単に拾えるようになり、なぜ2
種類のタクシーが存在しているのか、首をかしげる人も多い。
屋台だが、これは曲者だ。
屋台にはメニューがない。あとで高い高いとわめいてみても、「ウチは高い
のよボク」といわれたら返す言葉がない。
ホテル近くの屋台は要注意で、結構韓国人ビジネスマンも被害に遭ったりし
ている。
対策としては、注文をする度に値段の確認をすること。そして得体の知れな
い、もしかしたら本当に高いのかもしれないものは食べないことだ。
ソーメン一杯食うのにいちいち値段を訊くしみったれた日本人は、ちょっと
軽蔑というか、苦笑いされる対象となるが、ぼられるよりかはいいでしょう？
さて問題の（どこが？）靴磨きである。
群馬県のＥさんは渡韓歴３０回の、言ってみれば韓国通である。
今回は地元の人たち１０名で、２９，８００円のツアーでソウルにやってき
た。
２泊３日の中日はフリータイムである。男性１名と女性２名を連れて、明洞
（ミョンドン）という繁華街に買い物に出た。
ロッテデパートや免税店も近くにあるが、ソウルっこの集まる商店街が、活
気もあって面白い。韓国がはじめての３人はＥさんの後について、ちょっと興
奮気味にハングルの看板を眺めながら歩いていた。
そんな街角に小屋があり、中で２人の男が靴磨きをしていた。
たまたま全員革靴を履いていたので、Ｅさんの提案で靴を磨いてもらうこと
になった。日本で靴磨きのお世話になったことがないのに、やはりこれは海外
旅行特有の開放感のなせる業ということだろうか。
韓国の靴磨きは、靴を脱いで磨いてもらう。店のサンダルを借りて、丸椅子
に座って待つこと２０分。購入したとき以上にピカピカに仕上がった。
「オーワンダフル、ところでおいくら？」「４足で２０万ウォン」「？」外国
の通貨は計算しづらいものだが、韓国のように大きい単位の通貨は尚更だ。
それにしても「１万ウォンが約千円だから．．．２０万ウォンは．．．日本円で
２万円！？」というわけで１足５，０００円もすることが判明。
金を払わずに逃げるという選択肢があったが、なにせ自分の靴は相手の手中。
今履いているサンダルはどう見ても２００円だ。
それにしてもわれらは２９，８００円でソウルに来たのだ。ここはひとつ戦
わねばなるまい。同行の美女２人も自分の一挙手一投足に熱い視線を送ってい
る。そうだオレにはラグビーで鍛えた体があるではないか。声もでかいし、顔
もでかいぞ。
韓国人だって負けてはいない。
韓国人の喧嘩を見たことのある人ならお判りと思うが、彼らはものすごく大
きな声で言い争う。ただめったに暴力沙汰にはならない。
ぼったくりマンといえども言うべきことは言う。かれこれ３０分も言い争っ
ただろうか、１２万ウォンで決着がついた。
これだって高いのだが、さすがの体力自慢のＥさんも、もう精根尽き果てた
ようだ。
料金を払い、気を取り直してウィンドショッピングを続ける一行。
なにげなく覗いた靴屋に貼ってあったセールの案内。紳士革靴が２足で５９，
０００ウォンだった。]]></description>
         <pubDate>Sun, 15 Oct 2006 18:21:47 +0900</pubDate>
         <guid>http://www.thai-depart.com/tonysekai/?eid=12</guid>
      </item>
      
      <item>
         <title>添乗員さん時間ですよ</title>
         <link>http://www.thai-depart.com/tonysekai/?eid=11</link>
         <description><![CDATA[　添乗員として一年に２０回くらい海外に行くが、国内旅行の添乗は１回か２
回しかない。
　旅行業であれば、国内も海外も同じだろうと思うかもしれないが、実際やる
ことはかなり違う。共通点はお客様のお世話くらいで、その他の手続きや作業
はまったく別物といっていい。
　私は海外旅行専門の会社にしかいたことがないので、国内旅行はあまり得意
ではない、というか国内旅行の事を知らない。
　しかしお客様は海外旅行ばかりしているわけではなく、１年おきに海外と国
内旅行を交代で実施しているなんて団体もある。そんな時、「うちは海外専門
で」なんて言おうもんなら、国内旅行を請け負った会社に、海外旅行の仕事ま
で持っていかれてしまう。
　それを防ぐには国内旅行もやらねばならない。いや、やらせていただかなけ
ればならない。
　そんなわけで１年に１〜２回は国内添乗となるわけだ。
　群馬のＴ弁護士事務所は、２年に１回の国内旅行も私の会社を利用し、なお
かつ添乗員として私を指名してくれる、大変勇気ある事務所だ。国内旅行では、
期待通り私は何の役にも立たないのだが、その辺のところを承知の上で連れて
行ってくれるのだ。ありがたい。
　しかし最近判ったのだが、Ｔ先生以下、事務所のスタッフの皆さんは、私が
海外のときでも役に立っているとの認識はなく、まあ付き合いも長いことだし、
仕方なく使っていただいているようなのだ。
　その年も国内旅行の年で、先生以下２０数名のスタッフは、飛騨高山と下呂
温泉の旅へと向かっていた。群馬から新潟に向かい、日本海を西に行くコース
である。添乗員はもちろん私。
　飛騨高山で昼食を摂り、古い街並みで自由散策となった。伝統ある家屋を改
装した喫茶店でコーヒーを飲んでいると、Ｍ女史が元気に入ってきた。
　「たかはしさん、ここの名物の○○饅頭（名前を忘れた）は、下呂温泉でも
売っていますか？」。私は知らなかった。饅頭を売っているかどうか知らなか
ったのではない。饅頭の名前を知らなかったのだ。
　「それ何？」と訊きかえす私。３秒ほどの沈黙があり、「こりゃだめだ」と、
いかりや長介のような捨て台詞を吐いて、コーヒーも飲まずに去っていくＭ女
史。饅頭は相当有名なもののようだった。
　さて下呂のＢ旅館で宴会や二次会も無事終わり、露天風呂にも入り、いよい
よ就寝である。
　閑話休題。
　ここのＢ旅館、女性用の露天風呂が近くを通る列車から見えるので有名であ
る。この時もぜひ列車に乗りたかったのであるが、時刻表を調べたら、２時間
に１本くらいしかないのであきらめた。
　さて就寝であるが、普通添乗員は、屋根裏というか、お客を泊めることの出
来ないぼろい部屋を用意されるのだが、この日は違った。なぜならＴ先生と一
緒の部屋だったからである。私と彼は歳も近く、業者とお客様というよりかは、
ほとんど友達状態なのだ。
　迷惑なのは事務所のスタッフである。先のＭ女史のようにはっきりしたとい
うか、図々しいというか、とにかく気にしない人もいるにはいるが、ほとんど
のスタッフは、添乗員である私に気を遣っているのだ。
　それならそれで私にも考えがある。こちとら腐っても鯛、プロ添なのだ。こ
れからもどんどん気を遣ってもらうことにした。
　Ｔ先生とは夜中の３時くらいまでダベっていた。そろそろ寝るかということ
になり、モーニングコールをセットしようと受話器をとる私。朝はめっぽう弱
いのだ。
　Ｔ先生は朝に強いらしく、「必ず６時半には目が覚めるから大丈夫だよ」と
いう頼もしい言葉に甘えて、その晩はぐっすりと眠った。
　電話のベルで目覚める私。こんな夜中に誰かと思いながら不機嫌そうに電話
に出る。相手はおばさんである。
　「添乗員さん、朝食の時間です。皆さんお集まりですが」。「？」。一瞬事態
が飲み込めなかったが、時計を見るとすでに８時。Ｔ先生はきょとんとした顔
をして布団の上に座っている。
　それから毎年この事務所の皆さんとはご一緒させていただいており、Ｔ先生
と同じ部屋に泊めていただいているが、モーニングコールだけは忘れずにかけ
ている。　]]></description>
         <pubDate>Sun, 15 Oct 2006 18:18:54 +0900</pubDate>
         <guid>http://www.thai-depart.com/tonysekai/?eid=11</guid>
      </item>
      
      <item>
         <title>パタヤ漂流記</title>
         <link>http://www.thai-depart.com/tonysekai/?eid=10</link>
         <description><![CDATA[　タイのパタヤビーチは、バンコックから近いこともあって、いつも観光客で
賑わっている。あまり、きれいな海ではないので、多くの人は１０ｋｍほど沖
にあるラン島に行って泳ぐ。
　ラン島へはモーターボートで渡るのだが、通常はラン島のビーチに直行せず、
まずは実弾射撃場に連れて行かれる。その後パラセイリングの場所を経由して
ビーチへ行くのだ。
　パタヤの近くにはゴルフ場もいくつかある。キャディは一人に一人つくし、
日本では貴重な平らなコースが多いので好評だ。
　３〜４日も滞在するなら、今日はビーチ、明日はゴルフ、夜はオカマショー
にマッサージ、まあいろいろお試しできるわけだが、１泊や２泊ではどれかに
しぼらなければならない。
　その時はＴ合金株式会社の社員旅行の添乗でパタヤにきていた。ゴルフをや
る人とそうでない人に別れることになった。
　ガイドは一人しかいないので、ガイドはラン島に行く人たちに、そして私は
ゴルフ組に同行することになった。ただ私はゴルフをしないので、手続き後は
単独ラン島に渡り合流することになった。
　ゴルフのチェックインはべつにどうってことなく済み、それでは頑張ってく
ださいねと声をかけてからパタヤに戻り、ラン島に渡るボートをさがした。
　モーターボートはたくさんあり、どの船頭も乗れ乗れというのだが、いざ値
段交渉をしてみると高い。二千バーツくらいのことを言う。日本円にして八千
円くらいだ。高いと思うのだが、誰に訊いても同じだ。二千バーツあればもっ
と楽しい事だって出来るのにもったいない。
　そんな時船頭が「あれで行ったらどうか？」といって指差したものがあった。
水上スクーターである。ちゃんと運転手をつけて千バーツだという。半額なら
これにするか。
　そんなわけで運転手、といっても小学校高学年くらいのガキだが、彼につか
まっていざ出発となった。
　モーターボートで行けばあまり気づかないのだが、穏やかそうなパタヤの海
も、沖に出ると結構波がある。ライフジャケットは一応装着したが、なぜが穴
だらけだ。もう三分の一くらい来ただろうか。万が一こんなところでエンスト
でもしたらちょっと泳いでは帰れない。
　１ｋｍくらい先にアメリカの第七艦隊の戦艦が休養にきている。あそこまで
泳げるだろうか。考えるまでもない、５０ｍ以上泳いだことはないのだ。
　そんな不安が現実のこととなった。
　エンジンがスポスポと情けない音を出しはじめたかと思うと、しまいにはウ
ンともスンとも言わなくなってしまった。ガキは「マイペンライ」を連発して
いるが、何度トライしてもエンジンはかからない。だんだん青ざめてくるガキ。
すでに青ざめている私。
　潮の流れは速い。すでに戦艦が目の前だ。近くで見ると異様にでかい。不気
味でさえある。甲板から陽気に手を振る乗組員が見える。ヒトが遭難して困っ
ているのに何て能天気なやつらなのだ。
　かれこれ３０分は格闘していただろうか、ガキがついにあきらめの表情を作
った。二人でバタ足をして帰るか、もしくは第七艦隊に救助を要請するか。
　そんな時天の助けか、ガキの友達のこれまたガキが運転するモーターボート
が、近くを通ったのだ。救援信号を送るガキ。それに気づくガキ。とにかく助
かった。
　モーターボートに水上スクーターの錨を引っ掛けて曳航してもらうことにし
た。乗り移るには波が高すぎたからだ。
　５分ほど引っ張ってもらったところで錨が外れた。そのはずみでモーターボ
ートの後ろの部分に大きな傷がついてしまったのだ。それを見たモーターボー
トのガキが怒って、われわれをおいて行ってしまった。
　もうすでに第七艦隊は遠くにあり、残された選択肢はバタ足だけだ。疲労感
が漂う。
　しかし幸運なことにそこは多くのモーターボートが行き来する航路上にあっ
たようで、われわれは手を振り続けたところ、偶然にもうちのガキの親父が運
転するモーターボートが通りかかり、私は拾ってもらうことが出来た。
　親父はその場に自分の息子を残し、ラン島へと向かった。あのガキ、果たし
て生きて帰れたのだろうか。きっとライオンのように厳しく躾ける方針の親だっ
たのだろう。
　その親父なのだが、運転しながら何かもじもじとしているのが気になったの
だが、とりあえず実弾射撃場の桟橋に着いた。「ボートに乗っていた客は３０
分くらい帰ってこない。その間にビーチまで送ってやる。ただ、今オレはトイ
レに行きたいのでちょっとボートで待っていて欲しい」そんなことを身振り手
振りで伝える親父。「ああトイレくらい行っておいで」と寛大な私。親父は尻
のあたりを押さえながらガニマタで桟橋を走っていく。残された私は、桟橋に
ロープでつながれたボートの上でプカプカ揺れながら待っている。
　しかしこの親父、いつになっても戻ってこない。どうも腹具合が悪いらしい。
もうパタヤビーチを出てから２時間くらいたっている。お客様もガイドも心配
しているに違いない。
　そこへ、ボートの上にいる日本人を、不思議そうな目で眺める男が来た。水
上スクーターに乗っている。きわめて印象の悪い乗り物だが、この際贅沢を言
ってはいけない。おいでおいでをして値段交渉をする。
　相手は足元を見て千バーツだという。仕方ない、こちらはプカプカ状態なの
だ。
　今度は順調にラン島のビーチに着くことが出来た。お客様は、もう私が来な
いものだと思っていたようで、帰る準備を始めていた。
　私の顔を見て驚く。「どうしたのその赤い顔？」。２時間も漂流していれば陽
にも焼けるさ。
　それにしても結局は二千バーツも使ってしまったわけで、最初からモーター
ボートにしておけば良かったんだよね。
]]></description>
         <pubDate>Sun, 15 Oct 2006 18:17:23 +0900</pubDate>
         <guid>http://www.thai-depart.com/tonysekai/?eid=10</guid>
      </item>
      
      <item>
         <title>金髪の靴磨き</title>
         <link>http://www.thai-depart.com/tonysekai/?eid=9</link>
         <description><![CDATA[ 　マイレージプログラムの威力は恐ろしい。中途半端なたまり方ならどこの航
空会社でも良いのだが、ある程度たまってくると、値段が高かろうが、時間帯
が悪かろうが、不便なルーティングだろうが、はたまたスッチーがブスだろう
がかまわなくなってくる。
　私は一般の旅行者はもちろんのこと、旅行業界の人間にさえあまり知られて
いなかった１９８９年から、ユナイテッド航空のメンバーだ。
　毎年、ユナイテッド航空を五万マイル以上は確実に利用するので、常にゴー
ルドカードが送られてくる。ゴールドカードのメンバーになるとマイルが倍に
なったり、ラウンジが使えたり、時々はアップグレードになったり、おばさん
スッチーがいいこいいこしてくれたり、とにかくまた利用しなきゃ、みたいな
気分になってくる。
　最近では航空会社間の提携が進んで、他の航空会社に乗ったときもマイルが
たまったりするので、４〜５社の会員になっていれば、日本に就航しているメ
ジャーな航空会社はほとんど網羅できる仕組みになっている。マイルがためや
すくなったということだ。
　ある団体で、ミズーリー州のスプリングフィールドに行くことになった。ま
ずサンフランシスコに飛び、そこからコロラド州のデンバーで乗り換えてスプ
リングフィールドに入った。
　多少なりとも航空業界に詳しい人なら、これがユナイテッド航空だというこ
とに気付くだろう。航空会社にはハブにしている空港がある。そこに行けば多
くの都市への便が出ており、乗り継ぎに便利なのだ。デンバーはユナイテッド
航空のハブのひとつなのだ。
　成田からスプリングフィールドに行くのには、アメリカン航空のダラス乗換
えが、最も乗り換えの少ないルートだったのだが、お客様がユナイテッド航空
のメンバーだった関係で、そのルートは企画の段階で却下されていた。
　前置きが長くなったが、そんなわけで特にデンバーに用事があるわけではな
いのだが、この空港はよく利用する。他のアメリカの空港と同様にバカでかい。
同じ航空会社同士でもかなりの距離を歩かされる。
したがって到着の飛行機がちょっとでも遅れたりしたら乗り継げないのであ
る。日本と違い、アメリカでは飛行機はバス並の扱いを受けているので、乗り
継げなかったくらいで丁重に謝ってなどくれない。カスタマーセンターの長い
列に並び、変更をお願いしなければならない。少人数だったらまあ何とかなる
ことでも、２０人もお客様を連れているとちょっと気が重い。結果として、乗
り継ぎ時間は十分に取るようになる。
そのときも、確か２時間半くらいの待ち時間があったように記憶している。
１時間くらいならコーヒーでも飲みながらだべっていれば良いが、それ以上は
退屈だ。ぷらぷらターミナル内を歩くのだが、デンバーの空港はでかい割には
ショップ関係が少ない。
そんななかにふと目に留った一角があった。靴磨きのコーナーである。
ターミナル中央付近のエスカレーターの陰に６脚ほどの大きな椅子が置いて
ある。日本の靴磨きと違い、客は高い位置にある立派な椅子に腰掛け、磨く人
は立った状態で仕事が出来るようになっているのだ。これだけではどこにでも
ある風景なのだが、この靴磨きコーナーはちょっと、というかかなり違った。
そこで靴を磨いている従業員全員が金髪の女性だったのだ。
時間帯のせいか、ターミナル内は人気もまばらなのに、靴磨きの椅子はふさ
がっている。全員が後ろも振り向かず一生懸命靴を磨いている。近くに新聞を
見ながらウェィティングしているオヤジもいる。
私は断じて金髪は好みではないのだが、ここは話の種に磨いてもらわねばな
るまい。しかし待っているのもしゃくだ。というよりそんな姿を、知っている
人にみられたくない。
空くまでまとうとしばらく散歩して戻ってみる。まだいっぱいなのだ。デン
バーにはスケベオヤジが多いのだろうか。
それにしても靴磨きの連中の服装がまたいい。黒のパンツに白いワイシャツ、
それに蝶ネクタイ。その上からやはり黒いエプロン。まるでカフェバーのウェ
ィトレスではないか。後ろから見ていると、ブラだって透けてるぞ。何度も言
うようだが、私は金髪は好きではない。しかし透けブラはずるいではないか。
仕方ないもう一度散歩をしてこよう。
戻ってみると三度目の正直だ。ひとつだけ空いている。それも一番小柄な女
性の前が空いている。デンバーはいいところだ。
短い足を精一杯開いて椅子に登る。
そこでみた光景は、ああ悪夢だ。金髪は全員、どう若く見積もっても５０を
超えたババアばっかりだったのだ。だまされた。
彼女らが後ろを振り向かない理由がわかった。]]></description>
         <pubDate>Sun, 15 Oct 2006 18:14:41 +0900</pubDate>
         <guid>http://www.thai-depart.com/tonysekai/?eid=9</guid>
      </item>
      
      <item>
         <title>タクシードア欠落事件</title>
         <link>http://www.thai-depart.com/tonysekai/?eid=8</link>
         <description><![CDATA[　バンコックの交通渋滞は名物になっている。どのくらい名物かというと、ガ
イドブックに載っているし、ニュース番組でも取り上げられる。バンコックの
写真として、歩道橋から撮った大渋滞の写真が紹介されることもある。
　しかしよく考えてみて欲しい。東京の渋滞だってすごいぞ。ソウルだって、
台北だって、上海だって、デリーだって、そうだこの前行ったテヘランだって、
アジアの都会はみな渋滞名物ではないか。
　アジアだけではないぞ。ニューヨークも、パリも、カイロも。
　しかしなぜバンコックだけが非難の対象になるのだろうか。
　その一因として、信号の間隔の長さがあると思う。
　バンコックの大きな交差点の信号は、機械による自動運転ではなく、警察官
の手作業で行われている。黒いガラスで外からは見えないようになっている小
屋から、交差点の流れや、車の多さを判断しながら切り替えるのである。
　交差点の先が渋滞していたりすると、そちらに向かう信号をなかなか青にし
てくれなかったりするので、赤信号が１０分くらい続くことも稀ではない。
　またなかにはやる気のない警察官がいたりして、頻繁に切り替えるのが面倒
くさいのか、空いていても青にしなかったりする。
　もう１０年以上前のことだが、あまりにも待たされるので、ガイドがポリス
ボックスに行って「早く青にしてほしい」と、何がしかのチップを進呈したと
ころ、即座に通してくれたことがあった。今でもやってくれるかは判らない。
逮捕されるかもしれないのでお勧めはしない。
　そんなわけで、自動信号でも１０分かかるかもしれない渋滞なのだが、ピタ
ッと動かないで待つ１０分の方がいらだつではないか。渋滞していたという印
象が残るではないか。
　そんな大渋滞の中、スクンビットのソイナナをタクシーで走っていた。とい
うより停まっていた。
　アンティーク風のものを買いたい、というお客様３名と一緒だったのだが、
私は後ろの座席の真ん中に座っていた。
　目指す交差点は１００mくらい先に見えるのだが、とにかく全く動かない。
面倒だからこの先は歩こうということになり、運ちゃんにその旨を伝える。料
金を払っているときに、左側のNさんがドアを開けた。日本以外の国ではタク
シーのドアは自分で開けるのだ。
　そこになんと、後ろから車の間をすり抜けて走ってきたオートバイが突っ込
んできたのだ。タクシーのドアが道路に落ちる。Nさんは「キミが注意してく
れないからだ」と私を責める。運ちゃんは青ざめている。
　オートバイの青年は、ヘッドライトが粉々になっているにもかかわらず、な
おかついきなりドアを開けたこちらが悪いにもかかわらず、「コートーコート
ー（ごめんなさい、ごめんなさい）」と言ってその場から去ってしまった。と
いうか逃げてしまった感じなのだ。
　多分、自動車とオートバイでは自動車の方が強い世界なのだろう。ましてや
当事者が外人ときたら、これはびびるのも無理からぬことかもしれない。
　オートバイの青年よりも落ちてしまったドアだ。運ちゃんは借り物を壊され
て当惑しきっている。補償はせねばなるまい。
　適当なタイ語が見つからない。というより私の知っている単語が３０くらい
では会話は成り立たない。運ちゃんは英語はだめなようだ。もっとも私の知っ
ている英単語は１００くらいなので、これもなかなか会話に持っていくのは難
しい。
　そんな環境の中Nさんは、「なぜあらかじめ注意しなかったか？」にこだわ
り続け、隣でそういった趣旨の発言を繰り返しておられる。あとの２人はタバ
コを吸って眺めている。
　熟慮に熟慮を重ねたがまとまらない。そのとき自分でも思いもよらないタイ
語が口から飛び出した。
「タウライ（いくら？）」
運ちゃんが腕を組んで考えている。おもむろに出した片手。ちゃんと指は５
本あるから、きっとこれは５，０００バーツであろうと読み取れた。当時のレ
ートで約２万円である。
ドア１個が２万円。安いではないか。日本だったら１０万円ではたりないだろ
う。タイは日本より自動車が高いのだ。このタクシーだって日本製だ。
こちらも腕を組んでしばし考え、おもむろに財布から現金を取り出した。そ
のときこれまた自分でも思いもよらない行動に出てしまった。
財布から５００バーツ札一枚を出して運ちゃんに渡したのだ。たった２，０
００円である。運ちゃんは両手を合わせ「コップンカッ」と言っている。おい
おいキミに礼を言われる筋合いじゃないぞ。
この間、渋滞は全く進んでいなかった。]]></description>
         <pubDate>Sun, 15 Oct 2006 18:13:38 +0900</pubDate>
         <guid>http://www.thai-depart.com/tonysekai/?eid=8</guid>
      </item>
      
      <item>
         <title>鴨に醤油</title>
         <link>http://www.thai-depart.com/tonysekai/?eid=7</link>
         <description><![CDATA[　商売をやっていても、会社勤めをしていても、役得というものがある。JRの
人は電車にただで乗れるし、デパートでは社員販売で安く商品が買える。八百
屋の息子は野菜食べ放題だし、警察官はスピード違反をしても捕まらない。外
務省の人はお金使い放題だし、医者の娘は病気にならない。
　それに比べて、旅行会社に勤務する人は役得がない。利益幅が小さいから、
安く行けるといってもせいぜい一割引。添乗員としてただで海外旅行が出来る
といっても、気を遣い体力を使いで、あまり面白くない。
　私のようにお客様と直接打ち合わせをして、自分で添乗する者にとっては、
世界の美味しいものを食べられることが、唯一の役得かもしれない。パッケー
ジツアーの添乗員は、めったに海外に行かない味音痴の企画者が立てたメニュ
ー以外食べられないので、お客からは文句を言われるし、自分自身も食欲が沸
かないし、とにかく悲惨である。予算だって信じられないくらい安い。
　旅行費用の多くを占めるのは飛行機代で、次に宿泊代、移動観光費用、そし
て食事代となる。日本より食事代の高い国はないので、どこへ行っても、わず
かな追加で見ちがえるような食事になる。物価の安い国へ行ったときは尚更だ。
　これは本当にお客様のことを思ってのことなのだが、そんな説明をすると多
くのお客様が、もう少しお金をかけて食事内容を良くしようか、ということに
なる。結果として、添乗員である私も美味しいものにありつける、ということ
になるのだ。
　世界の中でいわゆるグルメの国といえるところは意外と少ない。食文化の先
端のように思われているヨーロッパでも、フランス、イタリア、ベルギーくら
いだろうか。おまけでスペイン。アジアでは香港、タイ、シンガポール、台湾、
それに好き嫌いもあるだろうが韓国、こんなところか。
　もちろんどの国にも美味しいものはあるし、食の好みがある程度主観に左右
されるのも事実だが、ここで言うグルメの国というのは、国全体の食のレベル
が幅広く高く、多くの人が美味しいと感じる国、ということだ。
　フランスには、タイヤメーカーのミシュランが出版しているガイドブックが
あるが、ヨーロッパ中のレストランやホテルを、いろいろな尺度から採点して
いる。覆面調査員が食べ歩くとあって、妥協のない評価が売り物だ。レストラ
ンの味に関しては星の数で表すが、３つが最高である。３つ星のレストランは、
フランス全土でも２０に満たない。星がひとつでも付いていれば栄誉なことで、
ましてや３つなど最高の誇りである。
　パリに『トゥールダルジャン』という３つ星のレストランがある。東京のニ
ューオータニにも支店があるが、この店の売り物は鴨料理である。昭和天皇が、
パリの本店で鴨を召し上がったことでも有名だ。パリっ子からは、観光客用の
店として陰口をたたかれたりもしているようだが、味はれっきとした３つ星で
ある。星の数は、格式や店の造りには関係ない。味だけの評価なのだ。
　この店に群馬県のロータリークラブの皆さんを案内したことがある。鴨とい
う素材の認識が変わるくらい美味しかった。参加者たちは、日本では名店を食
べ歩いている人たちだが、さすがに少し緊張気味のようだ。全員が鴨のうまさ
に、そしてシャトーパルメの芳醇さに酔いしれている時に、一人緊張をしてい
なかったH婦人が声をあげた。「この鴨、味が薄いわね。たかはしさん、醤油な
いかしら」。醤油の有無を確かめるまでもない。鴨に醤油をかけたら、ウェィタ
ーたちにどんな目で見られることか。
　H婦人は携帯用の醤油を持参していたことを思い出したようだ。ハンドバッ
クの中をさがしている。ああ醤油よ、見つからないでおくれ。私の必死の祈り
が通じたのか、醤油は出てこなかった。なんでもスーツケースに入れてあった
らしい。
　今にして思えば、あの鴨、醤油をかけて食べればもっと美味しかったかもし
れない。]]></description>
         <pubDate>Sun, 15 Oct 2006 18:11:11 +0900</pubDate>
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         <title>バイアグラください</title>
         <link>http://www.thai-depart.com/tonysekai/?eid=6</link>
         <description><![CDATA[　海外に行く回数が多いので、お客様からいろいろなことを頼まれる。１０年
位前までは、ウィスキーやブランデーを買ってきてほしいというのが多かった。
洋酒にかかる関税がべらぼうに高くて、シーバスリーガルが１万円もした時代
の話だ。今じゃディスカウントショップで、海外よりも安く買える。
　海外にいる恋人に、生活費を届けてほしいという依頼もあった。アポをとろ
うと思い電話をかけたが、なかなか言葉が通じなくて困ったものだ。
　そんな頼まれごとのひとつに、バイアグラを買ってきてほしいというのあっ
た。最近では、日本人を相手にした怪しいみやげ物店で案外簡単に手に入るが、
当時は日本で認可になったばかりということもあり、話題ばかりが先行して手
に入れるのは難しかった。
　しかし長年海外で培ってきた友達の輪は大きい。サンフランシスコで、処方
箋を書いてくれる医者がいるという情報を入手した。
　私はミズーリーに仕事で行く機会を得たので、帰りに単独サンフランシスコ
へ乗り込んだ。目指すはユニオンスクエアー近くのドクターワンの診療所であ
る。サンフランシスコ在住の日本人、Oさんも同行してくださるとの事。心強
い。
　診療所は大きなオフィスビルの上の階にあり、一見で入れる雰囲気ではない。
同行のOさんは受付で大きな声で「この人がバイアグラ欲しいんだって」と私
を紹介する。受付にはフィリピン人らしい若き女性が３人。それも１人はなか
なかの美形である。何もそんなに大きな声で言わなくたって。せめてもの救い
はあとの２人がそんなに美形ではなかったことだ。
　受付のすぐ前が待合スペースになっており、インド系の家族が順番待ちをし
ている。彼らにはすでにこちらの用件はお見通しだ。できるだけ目をあわさな
いように私たちも腰掛ける。
　すぐにお呼びがかかり個室へ通される。受付にいた３人のうちの１人がやっ
てきて、血圧を測るという。事務員と看護婦を兼任しているらしい。素直に腕
を出し測ってもらうと、なんと上が１６０の下が１２０もあった。
　断じて言っておくが、美形の彼女が来たのではないので、緊張していたとか
いうことではない。もし美形が来ていたら、２００を軽く超えていたものと思
われる。
　それにしても高すぎる。５分ほど時間をおいて再度測ったが変わらない。丸
２日くらいほとんど寝ていないのでそのせいだろうか。
　しばらくしてドクターの登場だ。中国系のスポーツマンタイプの男性で、ポ
ロシャツにジーンズという軽装である。
　彼は開口一番「バイアグラの話よりキミの血圧の話をしよう」などと言うで
はないか。続けて「キミの年でこの血圧では、１０年後は生きていない」とも
言う。
　ちょっと待って欲しい。私はお客様の依頼で患者になりすまし青い錠剤をも
らいに来ただけなのに、なぜ死の宣告を受けねばならないのだ。私だってあと
３０年くらいは生きたい。まだ行ってない国も多いし、浮気もしたことがない。
やり残したことが多い。それなのに．．．。
　しかしドクターも今すぐここで高血圧を治せる術があるわけではなかったの
で、とりあえず血圧計を買って、毎日測りなさいとい事で一見落着した。
　いよいよここからが本題だ。まず様子を訊かれる。要するにバイアグラが必
要か否かの様子である。適当に答えておく。
　ドクターは薬の使用方法に関して、細かく説明をはじめる。「決してヒトに
あげてはいけない」「普段から薬を飲んでいるヒトにはあげてはいけない」「血
圧の高いヒトにはあげてはいけない」「低すぎるヒトにもあげてはいけない」
などなど。
　「相手にも飲んでもらうと効果が倍増する」とも付け加えた。おいおい、今
まであげてはいけないと言っていたではないか。いかにも中国人らしい建前と
本音の使い分けを図らずも学んだ。
　何錠欲しいのかと言われ、１２０錠と答える。１回半錠が適量らしいので２
４０回分に相当する。明らかに多量すぎるのに、顔色一つ変えずに了解してく
れた。先ほどからの説明をメモした紙を渡される。そのコピーが説明をした証
拠として保存され、万が一患者が誤使用であの世に行っても免責されるように
なっている。
　個室を出る際、ドクターが握手をしながら笑顔でささやいた。「２４時間効
果は持続します」だと。
　先ほどの受付で診察代を払う。血圧を測った女性が、どこの薬屋で買うのか
と訊く。ホテルの近くのドラッグストアの名を告げると、そこへ電話をかけ、
薬の注文をする。元気な声で「バイアグラ１００mgを１２０錠、使用方法はコ
トの１〜２時間前に半錠服用」。美形の彼女もいる。待合室も混んでいる。
全員の視線が背中に注がれているような居心地の悪いひと時であった。
余談だが、「コトの１〜２時間前に半錠服用」の原文を紹介しておこう。　　　
ＴＡＫＥ　ＨＡＬＦ　ＴＡＢＬＥＴ　ＯＮＥ　ＴＯ　ＴＷＯ　ＨＯＵＲ　　　
ＢＥＦＯＲＥ　ＡＣＴＩＶＩＴＹ．
コトはアクティビティーだったのだ。]]></description>
         <pubDate>Sun, 15 Oct 2006 18:08:05 +0900</pubDate>
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      </item>
      
      <item>
         <title>ハエもくたばる灼熱地獄</title>
         <link>http://www.thai-depart.com/tonysekai/?eid=5</link>
         <description><![CDATA[インドのデリー近辺では、一年のなかで５月がもっとも暑い。ガイドブック
には平均最高気温が４１度とある。これはあくまで平均だし、観測地点は日陰
の風通しの良いところなので、実際には５０度を超えている日も多々あるはず
だ。
　そんな５月によせばイイのに、私たちはインドにいた。そしてもっとも有名
な観光地のひとつ、タージマハールからデリーへと車を走らせていたのだ。顔
ぶれはTさん、Mさん、ガイド、ドライバー、それに私の５人である。
　道はあまり良くないが、まだ新車でクーラーもビンビン効いていて、まあま
あ快適なドライブを楽しんでいた。助手席のガイドもラジオの踊るマハラジャ
風の音楽を聴きながら、ご機嫌であった。
　タージマハールのあるアグラからデリーは、およそ４時間くらいの行程だが、
およそ半分ほど移動したあたりで、ドライバーの顔が曇り始めた。クーラーの
調子が悪いようなのだ。
　最初こそ生暖かい風が出ていたものの、そのうちまったく作動しなくなって
しまった。すぐにでも車を停めて修理願いたいところだが、日向はまずい。ド
ライバーも心得ていて、５分ほど走らせて、ちょっとした木の茂っている原っ
ぱの脇に車を停めた。
そして助手席前のダッシュボードのあたりを開け、とりあえず修理に取りか
かった。見かけこそ新車だったが、配線は蜘蛛の巣の張ったこんがらがった状
態で、一本一本引き出している姿は、前途の多難さをうかがわせた。
私たちは窓を開け、後部座席でだらけていたのだが、気がつくと車内にハエ
が何匹か飛んでいた。インドでハエなんて珍しくもないのだが、見かけによら
ず神経の細かいTさんは、一匹一匹窓から追い出しにかかった。しかし出て行
くハエを上回るハエが車内に侵入し始めたのだ。あっという間に車内はハエだ
らけになってしまい、さすがのTさんもあきらめざるを得なくなった。
しかしなんでこんなにハエがいるのだろうか。
答えは、快適な日陰を作ってくれているはずの、この小さな林にあった。
インドの田舎にはトイレのない家が多い。ではどこで用を足すのかというと、
近所の草むらなのだ。朝早くに列車に乗っていると、線路に向かって神妙な顔
つきでしゃがんでいる人を見かけるが、これは力んでいる最中なのだ。もうお
分かりだと思うが、目の前に広がる一見オアシスのような空間は、実は巨大な
トイレだったということだ。
さてハエであるが、しばらく無視していたら、というか何もする気力も体力
もなかったのだが、どうも表へ出て行ってしまったらしい。車内は静寂に包ま
れている。小一時間ほどしてクーラーも直った。さあ気を取り直して出発だ。
車が走り出して１５分もたっただろうか。冷気も行き渡ったころ、足元から
一個大隊のハエが湧きあがってきたのだ。さすがのインドのハエも、暑さでへ
たばって、シートの下あたりでじっとしていたらしい。再び騒然となる車内。
TさんもMさんも、必死に窓から追い出している。車内の温度は上がる。ガイ
ドは苦笑い。
そうだガイドよ。キミが踊るマハラジャでダッシュボードを蹴飛ばしていた
から配線が切れたのだぞ。笑っていないで手伝いたまえ。
帰国してから新聞にこんな見出しがあった。「デリー郊外で、熱暑で２００
名死亡」。旅も命がけである。]]></description>
         <pubDate>Sun, 15 Oct 2006 18:00:46 +0900</pubDate>
         <guid>http://www.thai-depart.com/tonysekai/?eid=5</guid>
      </item>
      
      <item>
         <title>バブルだキャビアだニューヨーク</title>
         <link>http://www.thai-depart.com/tonysekai/?eid=4</link>
         <description><![CDATA[　成金という言葉があるが，ひがみも含めてあまり誉め言葉としては使わない。

バブルの頃は，この成金または俄か成金が街にあふれ，高級レストランやシテ

ィーホテルのスイートルーム、グリーン車に３ナンバーの車と，とにかく高け

ればイイみたいな時代があった。
　
　今となっては現実味のない昔話だが，現在でもアメリカでは成金が闊歩して

いる。世紀末を迎えて多少の陰りが見え始めたとはいえ，人々は空前の好景気

でお金をばら撒いている。
　
　そんなアメリカはニューヨーク，高級ホテルとして名高いウォルドルフアス

トリアから歩いてすぐのところに，これぞバブルというレストランを見つけた。
　
　キャビアロッソというレストランは，その名の通り，かの世界的美味キャビ

アの専門店である。私達一般ピープルには，キャビアはリッツの上に乗ってい

る，数の子くらいの大きさの小さな黒い粒，くらいにしか認識がないが，あれ

はほとんどがまがい物で，チョウザメ以外の，何か他のさかなの卵らしい。ス

ーパーで売っている１，０００円未満の瓶も偽物だ。味もただ塩からいだけ。
　
　メニューを渡されたのだが困った。何がなんだかわからない。キャビアにも

いろいろな種類があったのだ。そんなの当たり前だろうと思うかもしれないが，

考えてもみて欲しい。寿司屋でいくらを頼むときに，いちいち種類を告げるな

んて事はないではないか。
　
　メニューにはベルーガとかオッセトラとかセブルーガとか、とにかく英語と

は思えない未知の単語が並んでいる。おまけに量が５０ｇとか１２５ｇとか書

いてあるが，どのくらいが適量かもわからない。
　
　こういった場合訊くしかない。言葉が通じればだが。

　なんでも同じチョウザメでも，その大きさによってキャビアの種類が違って

くるらしい。やはり大きな親から摂れたものの方が美味しいらしい。したがっ

て高い。量は一人５０ｇが適量であろうとのこと。
　
　思い悩んでいると，よほど金がないと思ったのか，つぶれて商品にならなく

なった，言ってみれば割れせんべいのようなお買い得品があるという。しかし

バブリーニューヨークで割れせんべいはちょっとさびしい。ここはひとつわい

わいと何種類か食べてみよう。
　
　５人でテーブルを囲んでいたのだが，最高級というベルーガを５０ｇ，ゴー

ルドオセットラを１２５ｇ，オセットラを５０ｇオーダーする。ボーイのアド

バイスもあったのだが，高い順に３種類頼んだ。気分は成金である。ボーイの

態度にも変化がみられる。どうも極東の地の財閥の子息のグループだと思い始

めているようだ。
　
　オーダーを終えて店内を観察すると，内装は大変きらびやかで，なんという

かあまり落ち着かない。お客もウエストが１００ｃｍ以上のデブ男が，絶対に

奥さんではないと思われる化粧の濃い女を連れている，そんなカップルばかり

だ。男はバレンチノのストライプのスーツを着て，なぜか禁煙万歳の国で太い

葉巻，やはりここはニューヨークの成金が来る店だったのだ。
　
　キャビア様が到着した。氷の上に瓶ごと置いてある。５０ｇの瓶は，普段見

慣れている物の倍くらいの大きさだ。これにトーストとバターがついてくる。

もっといろいろな付け合わせがあるのかと思ったらこれだけだ。
　
　オニオンとか卵とかは一緒に乗せないのかと尋ねると，キャビア自体の味が

失われてしまうとの説明。なるほどと納得。
　
　小さいスプーンでザクッとすくい、トーストと一緒にバクッと食べる。贅沢

な味と気分が口一杯に広がる。一粒一粒が大きい。いくらのようだ。特にベル

ーガは，水飴のような色でプチプチしている。これはコレステロールが高そう

だ。
　
　キャビアはやはり前菜になるのだろうか，メインではシーフードプラッター

を食べるが，メインとは名ばかりで影が薄い。王者キャビアの後では何が出て

きても印象に残らない。ミスナントカと交際していた男がふられて，その後普

通のねえちゃんと付き合うも，最初の彼女のことが一生忘れられない，そんな

感じだろうか。経験ないけど。

　気になる値段だが，飲み物代，チップもいれて＄６８７，一人当たり１４，

０００円くらいだった。一番高いベルーガが＄１００である。ヨーロッパの空

港の免税店で買ったら倍くらいする。
　
　高級なものであってもリーズナブル（適正価格）でなければ金を出さないと

いうことだろうか。バブルに浮かれながらも，アメリカ人はしっかりしている。]]></description>
         <pubDate>Sun, 15 Oct 2006 17:51:33 +0900</pubDate>
         <guid>http://www.thai-depart.com/tonysekai/?eid=4</guid>
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